中島敦氏ほど自己懐疑的に悩んだ人は沢山いたであろう。しかし、普通、悩みを抱えると、どこかパニック的、感情的に陥るのが人情であるが、この人はいたって献身的にしかも素養的に追求していく冷静さをみせる。このような冷静さを保つにはどれくらいの自制が必要で、どのくらいのエネルギーを要するかは、凡人たる私には想像できやしない。
このエネルギーのみなもとを詮索すると、さしあたり漢文の素養と挙げるのが一般論であるようだ。これはこの人の作風に迎合した節がありありと文句つけたいが、難癖と思われそうなので、ここでは触れずにおとなしくしたい。しかし、そのまま認めるわけもいかないと私はなんとなく思う。どうしてかというと、そうすれば、漢文表現の形式すなわち中島敦文学と認めることになる。たしかに明快で受けやすい結論であるけれど、これが真であらば、その結論すでに現前してから今までの長い間に、因襲なり継承なりに中島敦文学の後継者があと絶たないはずである。しかし、その痕跡さい目立たない現状を鑑みれば、すくなくともその結論が暗示する形式だけでは継承の役目を果たせないとは断言できよう。
しかも、中島敦氏も形式を敬遠してきた方だと思われる。和洋の知識を披露した「悟浄出世」「悟浄歎異」では、あきらかに自分の疑問を型にはめることを避けている。この避け方はどうも計算的なもので、自分の悩みをある程度把握している雰囲気を漂わせている。これを考えると、その把握の程度がどうも中島敦文学をとくカギに思える。悩みを冷静に扱うには多々のエネルギーを要すると言ったが、かりにその悩みがすでに沈静化していたらどうでしょう。つまり、中島敦氏は自分の悩みをすでに把握していて多面的に直視できる立場にいたとしたら、自制のエネルギーなんて無用に等しい。いや、作品を書き上げる以前の段階ですでに悟り状態に出来上がっていたと言ったほうが妥当であろう。
取材に尽きない漢籍から、その多面体のある一面に見合った題材をつまんだら、すなわち漢文調に昇華した作品が出来上がる。短い歳月の間に多々の作品を生み出して人を驚嘆させたのは、そのわけではないか。はたしてその当時の生活に結びついているかは詮索する必要もなく、同世代の人から見れば神がかりの状態に近かっただろう。いまでは伝説である。そこで、中島敦文学を継承するにはこの悟りこそが必要条件であるとという料簡は起こさないほうがいい。その悟りはかなり精巧なものであるようで、中島敦氏にしても作品の中で直接触れるのをしなかった。作品とこれにあまり懇切に結びつけたら変質するかのように、常の名を戒めるその小心振りは老子に通じるものがある。
なんだか長文になりすぎたようで一括すると、結局その多面性を堪能するには、中島敦氏の作品をできるだけ集めて読むしかない。そこでこの本をお薦めすることになる。収録作品数十九で手ごろの値段。まったく、財布がうすっぺらで悟りに縁がありそうもない私にとって、これは至高のめぐり合わせである。
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
端正・格調高い文章を味わう 中島敦 (別冊宝島1625 カルチャー&スポーツ) 大型本 – 2009/5/8
中島 敦
(著)
中島敦・生誕100年特別企画!傑作・名作19篇を収録。
高校時代に教科書で中島敦の「山月記」を読んだことのある人も多いのではないでしょうか。評論家や書店の方々の評価がとても高い、凛とした”日本語”の名作である、中島の代表作「李陵」「弟子」「名人伝」をはじめ、名作をたっぷりと読める一冊です。
活字も大きく、読みやすさもバツグンの決定版です。
高校時代に教科書で中島敦の「山月記」を読んだことのある人も多いのではないでしょうか。評論家や書店の方々の評価がとても高い、凛とした”日本語”の名作である、中島の代表作「李陵」「弟子」「名人伝」をはじめ、名作をたっぷりと読める一冊です。
活字も大きく、読みやすさもバツグンの決定版です。
- 本の長さ350ページ
- 言語日本語
- 出版社宝島社
- 発売日2009/5/8
- ISBN-10479667036X
- ISBN-13978-4796670364
この著者の人気タイトル
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
登録情報
- 出版社 : 宝島社 (2009/5/8)
- 発売日 : 2009/5/8
- 言語 : 日本語
- 大型本 : 350ページ
- ISBN-10 : 479667036X
- ISBN-13 : 978-4796670364
- Amazon 売れ筋ランキング: - 691,860位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 188,025位文学・評論 (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
カスタマーレビュー
星5つ中5つ
5つのうち5つ
全体的な星の数と星別のパーセンテージの内訳を計算するにあたり、単純平均は使用されていません。当システムでは、レビューがどの程度新しいか、レビュー担当者がAmazonで購入したかどうかなど、特定の要素をより重視しています。 詳細はこちら
2グローバルレーティング
虚偽のレビューは一切容認しません
私たちの目標は、すべてのレビューを信頼性の高い、有益なものにすることです。だからこそ、私たちはテクノロジーと人間の調査員の両方を活用して、お客様が偽のレビューを見る前にブロックしています。 詳細はこちら
コミュニティガイドラインに違反するAmazonアカウントはブロックされます。また、レビューを購入した出品者をブロックし、そのようなレビューを投稿した当事者に対して法的措置を取ります。 報告方法について学ぶ
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2013年8月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2009年5月25日に日本でレビュー済み
中島敦。デビュー年に亡くなるという、超無念な運命の人。
高校の教科書で初遭遇以来、妙に心に残り続けてた作家です。ちゃんと読もう、読もうと思いつつ、そのままになってたのが、今回のこの名作・傑作19篇!難解(この時代の作品には普通?)な漢字をものともせずに楽しんで読めたのは、高校時代からちょっとは進歩した証拠と思って良いのかな…。
『端正・格調高い』かどうかはよくわからないけれど、私にとっては『カッコイイ』日本語に映りました。心の中のモヤモヤ(悩み)を、これほど気持ち良く文字化できる人って、ホント、憧れる。
西遊記の沙悟浄を主人公にした短編2本は、昔、『地味キャラ』というだけでスルーしてしまってたけど、今回初めて読んで、良い方に裏切られました。悟浄が自分の迷いの答えを尋ねて回る話、何だか身につまされたんです。悟浄ならではのテーマに見えて普遍的。短編だからこそ、問答が濃い!そこが、まどろっこしくなくて良いのかも。決して読みやすいとはいえないけれど、意外にも説教臭さゼロなので、やっぱ、高校生だとか、学生のうちに一度は読んでおきたい作家です。
高校の教科書で初遭遇以来、妙に心に残り続けてた作家です。ちゃんと読もう、読もうと思いつつ、そのままになってたのが、今回のこの名作・傑作19篇!難解(この時代の作品には普通?)な漢字をものともせずに楽しんで読めたのは、高校時代からちょっとは進歩した証拠と思って良いのかな…。
『端正・格調高い』かどうかはよくわからないけれど、私にとっては『カッコイイ』日本語に映りました。心の中のモヤモヤ(悩み)を、これほど気持ち良く文字化できる人って、ホント、憧れる。
西遊記の沙悟浄を主人公にした短編2本は、昔、『地味キャラ』というだけでスルーしてしまってたけど、今回初めて読んで、良い方に裏切られました。悟浄が自分の迷いの答えを尋ねて回る話、何だか身につまされたんです。悟浄ならではのテーマに見えて普遍的。短編だからこそ、問答が濃い!そこが、まどろっこしくなくて良いのかも。決して読みやすいとはいえないけれど、意外にも説教臭さゼロなので、やっぱ、高校生だとか、学生のうちに一度は読んでおきたい作家です。