「絵画を鑑賞するには、能力や知識は不要であり、ただ感動する心さえあればいい」…芸術作品の理解という問題にあたり、こうした考えは未だ根強くあると思う。
然しながら、その一方で、ほんの僅かな知識…例えば「主人公は誰なのか」「持ち物には何の意味があるのか」「どのような場面なのか」等の基本を知っているだけでも、その作品に向き合う時の印象は遥かに違い、数段魅力的に見えるのでなかろうか。
そんな知識欲を満たし、鑑賞力を養う手助けをしてくれるのが本書である。
先ず、本書を読み始めて最初に気付くのは、その巧みな編集方法であろう。
本書は「解釈編」「文法編」「歴史編」「資料編」の四章から成るが、これは例えば、私達が語学を身に付ける時に“読解”や“文法”から学ぶ事に則っていると言う。
成程、絵画を読み解き、理解し、応用する為にもこの章分けは有用であり、良く工夫されていた。
また、西洋美術と日本美術を交互に紹介するバランスの良さも特筆に値する。
例えば、西洋絵画の聖人達のアトリビュートを解説した後に日本美術に登場する仏の手印や装いを紹介したり、エッシャーやダリに代表されるような、目の錯覚を利用した西洋絵画に対しては日本の「おもちゃ絵」に言及するなど、両者を整然と対比させているのだ。
類似の主題を取り上げる事に依って、西洋と日本の美術を比較検討する事が出来、様々な発見が出来たように思う。
さて、構成ばかりを称賛してしまったが、内容の面白さ、解り易さもまた素晴らしい。
先ず、第一部の「解釈編」では、聖書の世界や仏陀の生涯、或いは物語絵の内容解説に始まり、誰かを讃える為の人物画、絵画に表される世界観、“記録”としての絵画等など、作品によく取り上げられる様々な題材とジャンルを丁寧に読み解いて行く。
更には「イメージ」の重要性、多種多様な表現、画家達の知識と技術、そしてそれらを総括した上で「絵画（若しくは画家自身）の誇示」に至るまでを徹底的に掘り下げるのである。
紹介される名画は数知れず、ここで全てを列挙する事は不可能であるが、とにかく実際の作品を参照しながら微に入り細に亘って緻密に分析していく論述は圧巻であり、この一冊を以て莫大な知識を得る事が出来ると言っても過言ではなかろう。
因みに、本書はこの第一部に重きを置いている為に、以下に続く三章はやや補足的ではあるのだが、それでも十分に面白い。
例えば「文法編」と題された第二部は、所謂「絵画の規則」を紹介したもので、遠近法に代表されるような技術、光と陰影、時間表現、或いは、人物の身ぶりに隠された意図などを詳説しているので、本章を読むと、確かに著者の言う通り「絵画には文法がある」という事を実感し、新鮮な驚きがあったように思う。
尚、「歴史編」では美術史の概念に始まり、簡略ではあるものの専門用語の解説や美術史年表も掲載しているし、「資料編」では美術書に触れる事が出来る図書館や書店の紹介もあるので、今現在、美術を学んでいる方達には優良なガイドともなってくれよう。
尤も、掲載作品は全て白黒である上に、何しろ数が多いのでサイズはかなり小さめである。
また、1995年に上梓されたという事もあり、現在ではモデルを巡って意見が割れている神護寺三尊像もまだ《源頼朝像》として扱われている等、若干の難点が無い訳ではない。
然しながら、これ等が本書の価値を下げる訳ではなく、それどころか、余りにも見事な出来栄えなので、些細な難点くらいは簡単にカバーしているようにすら思える。
とかくこうした“絵画の見方”に関する著作は「鑑賞のコツ」に偏りがちだが、本書の幅広さと詳しさ、そして丁寧な論述は、明らかに一般的な入門書とは一線を画している。
絵画に関心がある方達は、是非とも手に取って頂きたい。
必ずや期待に応えてくれるであろう事は間違いなく、私も、何時でも読み返せるように常に手元に置いておきたいと思う。
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