本書は１８世紀後半の世界的経済学者である、アダム・スミスのグラスゴー大学における『法学講義』を、当時の聴講生が筆記したとされる手稿の邦訳版である。いわゆる“古典派経済学”の祖ともされるアダム・スミスが、何故に『法学』？と疑問が湧くのも当然ではあるところ、当時はいまだ経済学自体が独立した学問として確立されておらず（スミス初期時代が産業革命前夜であることに注意）、またこれに係る学問は、経済学・道徳哲学（修辞学・法学・哲学等を包合する概念）などが入り交じったものだったと言う歴史的経緯を考慮する必要がある。デカルトが形而上学と数学の研究者であったことと相似するかもしれない。
本書は係るアダム・スミス（グラスゴー大学教授として）の一面を窺わせるものだが、これまでに本書元版同等の別の断片的筆記録等はこれ以前にも発見されており邦訳版もある。しかしながら、本書の元になった「Lectures on Jurisprudence」（以下マイクロフィルムを含めて「原本」とする）は１７６２～３年の「通年講義筆記録」であり、ボリュームも大きいのが特徴である。原本は１９５８年にＪ.ロージアン（アバディーン大学）が発見したもので、これをグラスゴー大学が中心となり『グラスゴウ版アダム・スミス著作・書簡集』（１９７８年：以下右グラスゴウ版を「ＬＪ版」とする）として出版されている。
本書はこのＬＪ版の編者等の協力を得つつ、前記原本を翻訳定本としたものである（「訳序」及び「凡例」より）。翻訳主任にスミス研究の第一人者である水田洋博士があたっており、本書における学術的考証には異論を容れる余地はないと言って良い。内容は当時の自然権、占有、所有権、相続、地役権、抵当権、契約、詐欺、偽証、（近親）婚姻と相続、司法、統治、防衛問題、裁判（陪審）、市民権、主権、経済学総論（交換・市場価格・貨幣・貿易等）と言った具合で、私法・公法（刑事法・司法手続・統治論）など広範囲に渡る。
但し初段で指摘したように、「法学」自体が学問的範疇（道徳哲学の１部門としての位置付け）において明確なカテゴリー分類があるわけでなく、かつ本書が聴講筆記録であることを前提理解する必要がある。かてて加えて原本にはラテン語的・古語的表現が散在すること及び邦訳であること等から、読みやすいものではなく現代のような法学書とはその趣は異なる。法学・哲学・道徳・統治論等の総合概論としてその“歴史的価値”を読むべきだろう。私は前記ＬＪ版も持っていたが書庫を探しても見つからないので明確には言えないが、ＬＪ版（英語原版）のボリュームも相当のもので（大型本・ハードカバー）、その１／３～１／４程度が“編集者脚注”に充てられている記憶がある。
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