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百年の誤読 単行本 – 2004/10/1
を、希代の本読みふたりが大解剖!文学史的評価や世間の評判なんて歯牙にもか
けず、ダメなものはダメと断ずる痛快至極な文芸対談!! この辛口対談を読み終
わったらあなたの「ベストセラー」への考え方が変わるかも?!全ての本好き
に贈る、本好きによる「ベストセラー」への疑惑。必読です!!
◆与謝野晶子「みだれ髪」/夏目漱石「それから」/武者小路実篤「友情」/宮
沢賢治「銀河鉄道の夜」/吉川英治「宮本武蔵」/谷崎潤一郎「細雪」/三島由紀
夫「潮騒」/松本清張「砂の器」/リチャード・バック「かもめのジョナサン」/
穂積隆信「積木くずし」/俵万智「サラダ記念日」/村上春樹「ノルウェイの森」
/さくらももこ「もものかんづめ」/渡辺淳一「失楽園」/J・K・ローリング「ハ
リー・ポッターと賢者の石」/「金持ち父さん 貧乏父さん」/「チーズはどこに
消えた?」/「世界の中心で愛をさけぶ」etc...
- 本の長さ403ページ
- 言語日本語
- 出版社ぴあ
- 発売日2004/10/1
- ISBN-10483560962X
- ISBN-13978-4835609621
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商品の説明
著者からのコメント
俎上にのせた作品は、尾崎紅葉「金色夜叉」、夏目漱石「それから」、林芙美子「放浪記」、サルトル「嘔吐」、川端康成「雪国」、ヴェルデ「完全なる結婚」、庄司薫「赤ずきんちゃん気をつけて」、村上隆「限りなく透明に近いブルー」、山口百恵「蒼い時」、村上春樹「ノルウェイの森」などなどなど。純文学からエンタテイメント、またタレント本、トンデモ系のノンフィクションまで、とにかく話題を呼んだ本のことならすべて相手にしているありさまです。おまけに、社会風俗や事件と並列させた文学史年表をつけました。しゃべくりあいの中に登場するキーワードには註をつけ、詳しいデータとともに、掛けあい漫才のごときワタクシどものやりとりも付け足してあります。
「田園の憂鬱」や「雪国」で、なぜ爆笑できるか。志賀直哉「城崎にて」や林芙美子「放浪記」で、なぜオチャメ感が満喫できるか。「嘔吐」や「マジソン群の橋」で、なせ激怒しなければならないか。
それらの謎は、この本を読めばたちどころに理解できるのです。
著者について
●岡野宏文 おかの・ひろふみ 1955年生まれ。フリーライター&フリーエディター。演劇雑誌編集者を経て独立。「せりふの時代」「劇の宇宙」「サファリ」「J-COM」などに書評、劇評を連載中。著書に「高校生のための上演作品ガイド」(白水社)がある。
登録情報
- 出版社 : ぴあ (2004/10/1)
- 発売日 : 2004/10/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 403ページ
- ISBN-10 : 483560962X
- ISBN-13 : 978-4835609621
- Amazon 売れ筋ランキング: - 435,835位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
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カスタマーレビュー
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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豊﨑由美は私が私淑する書評家だが、私の好きな作品たち、例えば、『友情』(武者小路実篤著)を「トンデモ本に近い?」と、『砂の器』(松本清張著)を「ご都合主義」と、『気くばりのすすめ』(鈴木健二著)を「想像力が欠如」と、『サラダ記念日』(俵万智著)を「短歌革命なんてもてはやされ、いかにも新しいって顔してますけど、この中に提示されてる男女関係ってものすごく古風でしょ。おじさんはそこにメロメロになっちゃったんですねー」と――扱き下ろしているのには、どうあっても同意できません!
一方、『みだれ髪』(与謝野晶子著)、『羅生門』(芥川龍之介著)、『楢山節考』(深沢七郎著)、『赤頭巾ちゃん気をつけて』(庄司薫著)などは、髙く評価しています。
『みだれ髪』――
「●豊﨑=わたしが凄いと思ったのは、<乳ぶさおさへ神秘のとばりそとけりぬここなる花の紅ぞ濃き>ですかね。これ、女性のオナニーについて詠んだ歌なんじゃないですか? やるなー、晶子っ。●岡野=この人のことは森鴎外も認めてたんですよね」。
『羅生門』――
「●豊﨑=古典の換骨奪胎のお手本的な作品だと思います」。
『楢山節考』――
「●豊﨑=深沢さんは『アンチヒューマニズム』の作家ってよく言われるけど、わたしは違うと思うんです。人間の生きる喜びって、どこから生まれてくるかというと、やっぱり死ぬということが前提になってるからだと思う。そういう生の核としてある死を、徹底的に突き放すような視点で描いたのが、この小説の凄みになってるんじゃないかな」。
『赤頭巾ちゃん気をつけて』――
「●岡野=普通の青春小説って世界にバツをつけていく話だと思うんだ。たとえばサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』なんかも、ホールデン少年が世の中やまわりの人物に、あれもダメ、これもインチキって、とめどなくバツを付けていく小説の典型。だけど、薫くんは自分にどんどんバツをつけていく代わりに、世界にマルをつけようと頑張るわけ」。「●豊﨑=サリンジャーは今でも読み継がれてるのに、庄司薫をちゃんと語る人はほとんどいない、それって、かなり不自然。庄司さんがこう文体を創出したからこそ、80年代に村上春樹が登場できたと思うんですけどねえ。時代を伴走する優れた批評家を持てなかったのが、庄司薫の悲劇のような気がします」。
これらの高評価には、頗る満足!
社会人になってからだろうか、「は?なんだそりゃ」と引っかかるようになったとは。
読書は、本の内容に疑いを持ち、反論し、ツッコミを入れられるようになると断然面白くなった。
本書は、本読みの達人2人が1900年以降のベストセラーについて、夫婦漫才(?)を繰り広げる。
厳しいけど、「文学大好き!」のお二人には作品に対する愛がある。
ただ、それも1960年くらいまでかなあ。それ以降はボルテージが下がる一方。
気持ちはわかりますがな。
斎藤美奈子さんの『趣味は読書。』も面白かったけど、掛け合いの妙が楽しめる分、こちらのほうがオススメ。
それにしても、佐藤春夫と志賀直哉には泣かされた(笑いすぎて)。
批判された本のことですが、たしかにお二人から見てトンデモないと思われる本が売れたのだと思います。
トンデモ本への歯に衣着せぬ徹底批判は私も大賛成ですが、その本を苦心して書いた人や読んで感動した人も中にはおられると思います。批判するならその根拠・理由を(もちろん書いてはおられますが)更に丁寧に詳しく述べられた方がよかったと思います。(注に会話中の作者へのあだ名を蔑称と書かれたり、たまに容姿をひきあいにだすとかは、余計と私は思います。)徹底批判は賛成ですが、ただし個人の尊厳はトンデモ本作者にもあります。釈迦に説法でした。すいません。
要するに、文学好きな凡人二人による、平凡な「飲み屋の世迷言」レベルの妄言が延々とつづくだけという、拷問のような書物。
そんな内容であるから、そりゃ中古で1円という価格設定にも納得するしかない。商品解説に辛口などと書いてあるが、なにが「辛い」のだかさっぱりわからない。「これいいね」「これだめだね」が、ただ大した根拠もなく列挙されるだけ。読者からのつっこみを事前に想定しているであろう標題の「誤読」という語によって、どんな批判がきても「だから誤読っていってるでしょ」と言い逃れができる、という卑怯なやり口は感心しない。最大の問題はこの書を読むことで、「本を読んでみよう」という気にならないところである。
日本人によく読まれた本を時間順に並べて軽くコメントを付けているいるだけのものなのだが、それがきちんと表層文化の一断面の見取り図となっている。なまじ日本人論とか政治状況の解説などに踏み込まず、「現代の普通の教養の持ち主が読んだ場合、いまでも面白いと言えるのか」という単純な割り切り方をしていることで効果があがっているのかもしれない。歴史年表を見るような楽しさがある。
いや、これはけがの功名というべきなのかな。世界の大文学は、常識人として語ってもらっては困るという側面も確かにあるのだ。しかしベストセラー('略々大衆文化)なんて軽薄なものは、面白く読めるかどうかだけで十分。なぜなら当時の人もそれほど深く考えて享受していたわけではないから。皮肉な言い方になって申し訳ないが、お二人のコメント程度の読み方ができるなら、読み手としては上々の部類だろう。
昔のベストセラーの大半が、今の目からするとガラクタにしか過ぎないといえる程度には、われわれは進歩したのか。それとも大衆の変わらぬ浅はかさを嘆くべきなのか。
個々の作品についてのコメントには、「あまりにも勉強不足だろう」と言いたくなったところもあるが、それは置いておく。(途中、特殊数学記号を使ったところなぜか文字化けがあったので、妙な言い回しになっています)