良書です。
全体の印象としては「ハリウッド映画の脚本術」の基本＋ホラー映画の考え方。
「一般の」脚本術と「ホラーの」場合、どう違うのか───
ということが比較的わかりやすいと思います。
そこには微々たる差しか無く、その微細な違いをいかにコントロールするか、ということが問われています。
著書にはありませんが、ホラーには、
・観た・読んだ・聴いた、だけで、それ自身が「怖い」こと
・「恐怖」という感情を描いたもの
・「びっくり」「不快」「衝動」などの感情を揺さぶること
・「恐ろしいもの」（怪物や現象）
などの組み合わせによって作られています。
つまり作品に依っては「全然怖くないじゃん」ということも有り得るわけです。
恐ろしいバケモノが出てきたとしても、恐怖を掻き立てなければ怖くないわけです。
現在はサイコやミステリ、ソリッドシチュエーション、サスペンスなど分類や言い方も益々細分化していて、ホラーに使われていた手法やガジェットが、一般作にも多く見受けられるようになりました。
ホラー映画よりも不快で恐ろしいものも珍しくありません。
このホラーの書き方では広く「怖いもの・こと」に関する脚本について記述されており、現在では「ホラー」と分類されていない映画も、「ホラー」と明記しています。
ホラー脚本が辿り、進化してきた道筋から、ホラーの構造を簡潔に伝え、ホラーが好きであれば必ず書ける、と読むものに自信を与えてくれることでしょう。
ただ数多あるハリウッド脚本術と同様、ビジネス書などとも変わりませんが、「虎の巻」ではなく、「マニュアル」や「アイデア集」などのような安易な方法論は載っていません。
アイデアを出すためには他の「アイデアを出すための」専門書を漁る、ホラー作品を学ぶしか無いと思います
この本では、
１ ホラーとは何か、を感覚的以上に掴む
２ ホラーにするための考え方
３ ホラーの持つリズム
４ ホラーの段取り、必要とされる情報
５ ホラーの演出
などの「概念」が獲得できるかと思います。
掲載作品はその概念を体感するために収録された秀作で、ホラーの基礎概念が忠実に盛り込まれています。
この収録脚本は字面で読んでいると大変おもしろく、先の展開が気になる作品ですが、たしかに映画にしたら地味だろうし、ありがちでとても資本金を集めることはできそうにありません。
それはどうしてなのか、ホラー脚本が抱える現代の事情を垣間見ることができます。
この収録作品以上の構成力を持つ作品を書けて、はたしてハリウッドで企画を通すことができるか、と考えるとホラー映画がいかに難しいジャンルかと唸らされます。
（逆にホラー映画は低コストでハイリターンが望めるジャンルだと勇気づけられてもいますが）
最後にこの本の一番の価値について書きます。
この本の一番の価値は、「ホラー脚本が書かれた真意を逐一解説されている」、というところです。
オーディオコメンタリーと考えてもらうとわかりやすいかもしれません。
収録作品の一字一句に至るレベルで、「どうしてそう書いたのか」ということが事細かく説明されています。
小説は元より、あらゆるエンターテイメントを通して、書かれた作品の１行１言のワケを解説した本、というものはなかなか無いと思われます。
またホラー作品にこれを限定するなら相当に探すことは困難でしょう。
それを考えると随分安易に低価格でそういったプロの技術が手に入るこの本は良書だと言えます。
驚くことに、ホラーのヒントになるいくつかのアイデアも掲載されていて、それはまるで手品がたった７つのアイデアだけでこの現在も世の人々を（いい意味で）騙し続けているのと似ています。
そういったわけで、この本は手に取る人を選びます。
実際にこの収録作品以上のホラーを書いて、ハリウッドで映画化することがいかに難しいかを感じ取れる人であれば、きっと驚くほど「ホラーの書き方」についての「サジェスチョン」があることに気づくでしょう。
大方の映画好きなら知らない知識は無いのですが、それを言葉にして見やすい形でまとめてある、と考えると手元に置いておきたい必携の書とも言えます。
メモと考えるなら、簡素で物足りない内容も、見やすさに繋がっていると言えます。
このとき収録作品は余分に思えるかもしれませんが、「言葉では説明できない感覚」を掴むことでしかホラーは書けないのですから、実際に作品の展開や構造を横目に「なるほど」と知るしかありません。
そういった意味で、この本は手放せないなと思える人のための本だと思います。
最新のホラーが書ける攻略本と考える人には向きません。
なぜならそういった脚本ならハリウッドで数百億円という金額に化けてしまうからです。
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