1973 年の原著刊行から44年目にして、ようやく出た日本語訳である。刺激的であり論議をよんできた名著に対して日本語での議論が本格的にできるようになっことは喜びたい。難解な原著が理解可能な日本語訳になっていることも喜びたい。また、原著での誤りを一切、訂正することなくそのままにしてきたホワイトの姿勢が翻訳でもほぼ踏襲されていることは、見識と言えるのであろう。ジョージ・P・グーチがp.35でブリソン・D・グーチと誤記されているのが放置されていることも、本書の記述の一つ一つを鵜呑みにせず読者自身が確かめ、考えよという警告であると受け止めるべきなのであろう。
さて、本書は、44年前、1962年に出たE・H・カーの『歴史とは何か』や1974年に出たピーター・ゲイの『歴史の文体』とほぼ同じ時期の所産である。しかし、44年を経たことで、二宮宏之の論文「歴史の作法」、遅塚忠躬の『史学概論』、歴史学研究会編『第四次 現代歴史学の成果と課題』、さらにヘーゲル、ミシュレ、ブルクハルト以下の本書で取り上げられているものの翻訳や研究などを用いて、本書を迎え撃つことができるという利点が我々にはある。それらを利用して議論できるということで、44年待った甲斐があったとポジティブ捉えることにしたい。
しかし、本書の翻訳での訳語の選択や表記には、いくつかの問題点がある。特に目についたものをいくつか、指摘しておく。
1. p.66以下でペッパーの『世界仮説』中のformismを「個性記述論」と訳されているが、p.584でヴィンデルバントのidiographicに「個性記述的」を充てているため混乱を招くように思える。後者は戦前から定着している訳語であるので、前者を変更する方が望ましいように思える。2001年の武藤崇氏の論文「行動分析学と「質的分析」」以来、心理学の領域などで定着しているよしの「形相主義」を充てるという選択肢が考慮すべきであったのではないだろうか。武藤氏は『世界仮説』の内容を整理した上で、他の三つについても別の訳語を充てられている。
2. Heinrich von Sybelにp.70では「ジュベル」、p.245とp.360では「ジーベル」が充てられているだけでなく、同一人物であることを認識することなくp.71とp.245に訳注が付けられている。表記を統一し、訳注もまとめる必要がある。
3. p.134の「フォックス」が、p.135の訳注では、リチャード・フォックスRichard Foxe, 1488頃-1528とされているが、ホワイトが典拠としているFueter, 253-57とThompson, vol.1, 614-16に挙げられているのは、『殉教者の書』のJohn Foxe, 1516-87である。したがって、ジョン・フォックスとする方が適切であると思える。少なくとも、ホワイトの挙げる典拠からリチャードとするのは、困難であると思える。
4. ランケの1824年の著書の書名が、p.244では『ローマ・ゲルマン民族史』、p.277では『ラテンおよびゲルマン諸民族の歴史』、p.279と索引・参考文献一覧では『ローマ的・ゲルマン的諸民族史』と三種類に分かれている。統一する必要があると思える。
5. p.394以下でブルクハルトの『イタリア・ルネサンスの文化』の冒頭の章のタイトルを「芸術作品としての国家」とされている。しかし、この邦訳で利用されている 筑摩書房版の訳者、新井靖一氏は「芸術作品」と訳すのは誤訳であり「精緻な構築体としての国家」と訳す方が適切であるとする立場をとられている。ホワイトの文脈に即すのであれば「芸術作品」と充てるのが適切であると思えるが、新井氏が誤訳とされている訳語を用いるのは新井氏に対して失礼にあたるのではないだろうか。「芸術作品としての国家」と訳されている柴田治三郎氏による訳書を利用されたほうが望ましかったようにも思える。
6. p.406以下にブルクハルトの『チチエーロネ』からの引用に関して、邦訳書に未収録との記述がみられるが、引用箇所については中央公論美術出版からの瀧内槇雄氏による翻訳に収録されているはずである。
以上、索引作成時に発見することができたはずの点が目立つのが残念です。名著のせっかくの読みやすい翻訳の惜しまれる点を指摘しておきます。
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メタヒストリー――一九世紀ヨーロッパにおける歴史的想像力 単行本 – 2017/9/29
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歴史学に衝撃をもたらした“伝説の名著“
翻訳不可能と言われた問題作が
43年を経て、遂に邦訳完成!
「本書を読まずして、歴史を語るなかれ」
本書は、ヘイドン・ホワイトが1974年に発表し、歴史学に衝撃をもたらした、あまりにも有名な名著である。世界では「メタヒストリーを読まずして、歴史を語るなかれ」とまで言われる。しかし、あまりの難解さゆえに、日本では何人もの翻訳者が挫折し、すでに原著刊行から43年が経つが、「翻訳が成されえない最後の名著」として伝説化されてきた。
本書は、10年の歳月をかけて実現した待望の初訳であり、さらに多数の訳注を付し、日本語版序文、解説などを収録した決定版である。
ホワイト日本語版序文
「ようやく! そして、メタヒストリーを再考する意味について」
■監訳者「日本語版解説」より■
本書は、歴史学に言語論的転回をもたらし、人文諸学の多様な領域に、大きな刺激と影響を与えてきた。日本でも伝説的な名著として知られながらも、永く翻訳がない大作の筆頭に、常に挙げられてきた作品である。
本書では、ヘーゲル、ミシュレ、ランケ、トクヴィル、ブルクハルト、マルクス、ニーチェ、クローチェなど、19世紀の歴史学と歴史哲学の事例を吟味することを通じて、歴史叙述において暗黙のうちに働く語りの形式性が掘り下げられていく。歴史叙述とは、けっして客観的実在や痕跡をさまざまな立場から記述する過程ではない。言い換えれば歴史学は、誰もがどんな場合にも不変なものとして想定できる、何らかの所与に依拠して成り立つ知ではない。人間の存在様態としての歴史性とは、常にまるごと言語によって媒介されており、本書には、そうした歴史的な語りがどのような形式的特性をもって立ち現れてくるのかを、反省的に解明するための仮説的な筋道とその実践が示されている。
翻訳不可能と言われた問題作が
43年を経て、遂に邦訳完成!
「本書を読まずして、歴史を語るなかれ」
本書は、ヘイドン・ホワイトが1974年に発表し、歴史学に衝撃をもたらした、あまりにも有名な名著である。世界では「メタヒストリーを読まずして、歴史を語るなかれ」とまで言われる。しかし、あまりの難解さゆえに、日本では何人もの翻訳者が挫折し、すでに原著刊行から43年が経つが、「翻訳が成されえない最後の名著」として伝説化されてきた。
本書は、10年の歳月をかけて実現した待望の初訳であり、さらに多数の訳注を付し、日本語版序文、解説などを収録した決定版である。
ホワイト日本語版序文
「ようやく! そして、メタヒストリーを再考する意味について」
■監訳者「日本語版解説」より■
本書は、歴史学に言語論的転回をもたらし、人文諸学の多様な領域に、大きな刺激と影響を与えてきた。日本でも伝説的な名著として知られながらも、永く翻訳がない大作の筆頭に、常に挙げられてきた作品である。
本書では、ヘーゲル、ミシュレ、ランケ、トクヴィル、ブルクハルト、マルクス、ニーチェ、クローチェなど、19世紀の歴史学と歴史哲学の事例を吟味することを通じて、歴史叙述において暗黙のうちに働く語りの形式性が掘り下げられていく。歴史叙述とは、けっして客観的実在や痕跡をさまざまな立場から記述する過程ではない。言い換えれば歴史学は、誰もがどんな場合にも不変なものとして想定できる、何らかの所与に依拠して成り立つ知ではない。人間の存在様態としての歴史性とは、常にまるごと言語によって媒介されており、本書には、そうした歴史的な語りがどのような形式的特性をもって立ち現れてくるのかを、反省的に解明するための仮説的な筋道とその実践が示されている。
- 本の長さ703ページ
- 言語日本語
- 出版社作品社
- 発売日2017/9/29
- 寸法15.6 x 4 x 21.8 cm
- ISBN-10486182298X
- ISBN-13978-4861822988
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著者について
ヘイドン・ホワイト(Hayden White)
世界的に著名な米国の歴史家。カリフォルニア大学ロスアンジェルス校、同大学サンタ・クルーズ校、スタンフォード大学の教授を歴任。現在、カリフォルニア大学サンタ・クルーズ校名誉教授、アメリカ芸術・科学アカデミー会員。
世界的に著名な米国の歴史家。カリフォルニア大学ロスアンジェルス校、同大学サンタ・クルーズ校、スタンフォード大学の教授を歴任。現在、カリフォルニア大学サンタ・クルーズ校名誉教授、アメリカ芸術・科学アカデミー会員。
登録情報
- 出版社 : 作品社 (2017/9/29)
- 発売日 : 2017/9/29
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 703ページ
- ISBN-10 : 486182298X
- ISBN-13 : 978-4861822988
- 寸法 : 15.6 x 4 x 21.8 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 101,473位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 156位世界史一般の本
- カスタマーレビュー:
著者について
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2021年6月8日に日本でレビュー済み
おととい、たまたまブックオフでみかけて、帰ってからレビューなどを参考に購入しました。これは、もはや書物というよりも一冊の大学というべき書物です。
これがあれば、つまらない大学の文学部に行く必要はありません。
本当にレベルの高い議論というのは、様々な分野を乗り越える所に出現するものであることを思い知らされます。
かつて、ニーチェが「本当の高みではすべてがひとつになる」と言っていたように。
ニーチェがもし、本書を読んだとしても、自分について書かれたことについては概ね同意するのではないでしょうか。と、同時にここに書かれてることは、すでに色んなとこで書いているよ、とも言うかもしれません。
学生のみなさん、リモートでつまらない講義につきあわされるよりも、これ一冊を熟読してみてはいかがでしょうか?
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かつて、ニーチェが「本当の高みではすべてがひとつになる」と言っていたように。
ニーチェがもし、本書を読んだとしても、自分について書かれたことについては概ね同意するのではないでしょうか。と、同時にここに書かれてることは、すでに色んなとこで書いているよ、とも言うかもしれません。
学生のみなさん、リモートでつまらない講義につきあわされるよりも、これ一冊を熟読してみてはいかがでしょうか?
2020年6月21日に日本でレビュー済み
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源氏物語の桐壷の巻に、史書と物語の対比を述べた部分があります。
そのことを秩序立てて、論理的に解明するという考え方が興味深い。
そのことを秩序立てて、論理的に解明するという考え方が興味深い。
2018年9月20日に日本でレビュー済み
歴史の羅列でもなく、著者の歴史の解釈でもなく、著者の歴史に対する哲学書であり、その考察は深い。
2018年2月6日に日本でレビュー済み
非常に難解な歴史哲学の名著であり、怖いもの知らずで原書を読もうと努力した時は、とても歯が立たなかった。しかし、今回の読みやすい翻訳のおかげで、個人的にはたまたま同時期にはまっていた、ジョセフィン・テイ『時の娘』とフィリップ・K・ディック『高い城の男』の副読本として、ようやく楽しく読むことができた。本書への疑問は多くあり、すでに翻訳のあるカルロ・ギンズブルグの批判(『歴史を逆なでに読む』)などは大変に納得でき、しっくりとくるのだが、それでもテイやディックの作品における、歴史的想像力と文学的想像力の力強さを新たに考えさせてくれる本書の存在は魅力的であり、重要な歴史哲学として今後も時間をかけてゆっくりと読んでいきたい。