待望の翻訳である。
オビに《翻訳不可能と言われた最大の問題作が、遂に翻訳完成!》とあるように、かなりの難物ゆえ、まずは訳者の労を多としたい。
しかも、この手の本はふつう1ページ16行取りか17行取りなのに、本書は22行取り!
また、1行の字数も、ふつうは40字内外なのに、本書は47字!
びっしり詰まっている。
それゆえ、処女作『エトワール広場』と2作目の『夜のロンド』が1冊に収まったのだ。
きわめてお買い得、といってもいいだろう。
この2作品(とりわけ『エトワール広場』)はかなり衒学的なため、かつて読んだとき、人名や地名、作品名などをかなり調べなければならなかったことを思い出す。
ところが、本書にはじつに懇切丁寧な「訳注」が付されているので、それを参照すれば、理解しやすくなる。
モディアノは処女作『エトワール広場』について、こんなことを記している。
反ユダヤ主義の作家たちは、ユダヤ人である《親父を介しておれを傷つけたのだから、おれは処女作で奴らに答えてやろう、散文フランス語の世界で奴らの口を永遠に封じてやろうと思った》(『1941年。パリの尋ね人』)
かくして、作家志望の二十一歳のモディアノは『エトワール広場』を書き始めたのだ。
語り手は「フランス人になりたい/小説家になりたい」と願う若きユダヤ人。
彼はまず、ユダヤ人であるために、反ユダヤ主義作家や世間に対して複雑な態度をとる。(本書の「1」)
それから、「フランス」に同化しようと努めるのだが、どうもうまくいかない。(「2」)
そのとき、《白人女奴隷の貿易》にスカウトされ、ナチス・ドイツに象徴されるアーリア人への復讐に転じる。(「3」)
これにも挫折すると、今度はウィーンに出没――幻覚の中で、ユダヤ人の国であるイスラエルに渡り、そこで殺され、気がつけばフロイト博士の診断を受けている……。(「4」)
時間も空間も錯綜し、話もあちらに飛んだり、こちらに飛んだり。
それだけに、訳者のご苦労には並々ならぬものがあったはずだ。
そのうえでいうのだが、いくつか、思いついたことを記しておきたい。
・「訳者解説」および「訳注」に出てくる日本人俳優《早川雪舟》は《早川雪洲》の誤り。
・26ページの《事象の数量的把握》は、単に「計算器」ではないだろうか。
原文《l’arithmetique》(アクセント記号省略)は「l’appareil arithmetique」(計算器)の略と考えられるからだ。
・《その翌日、新しいガールフレンド、ヒルダと知りあった》(75ページ)という訳もいささか疑問。
ヒルダと知り合った《翌日》のことなので、ここは「その翌日、ぼくは新しいガールフレンド、ヒルダのことを知った」とすべきではないか。
じっさい、この文章の後、ヒルダの身の上が明かされる。
・《……子ども時代の回想であなた方を退屈させる彼ではあるまい。だからプルーストを読みたまえ、そちらの方がいい》(102ページ)
なんともわかりにくかったので、原文に当たったところ、こんなふうに訳したほうがいいのではないか。――「だが、彼は子供時代の思い出で読者をうんざりさせはしないだろう。そういうことについては、プルーストを読んだほうがいい」と。
ついでにいえば、訳者の注記はないが、62ページの《幼児から馬に乗り……》と、64ページの《このフジェール=ジュスキアーム……》、そして68ページの《また、おそらくスワンにあっては……》以下の文章は、みな、プルースト『失われた時』からの引用だ。
集英社版の鈴木道彦訳でいえば、それぞれ、第六巻409ページ、第五巻26~7ページ、第七巻200ページに相当する。
モディアノの「いたずら心」のなせる業であろう。
84ページの《さあ、そこの君、君は青春をどうしてしまった?》に関して、訳者は《『夜のロンド』で、裁判長が被告の「わたし」にする質問》と注記しているが、この大元はヴェルレーヌの詩「空はいま、屋根の上に」。
この詩には、プルーストの大親友の作曲家レイナルド・アーンが曲を付けている。
私はこの「ねえ、いったい、きみはどうしてしまったんだ/きみの青春を?」という一節をモディアノの初期作品のキー・フレーズと考えている。
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エトワール広場/夜のロンド 単行本 – 2015/12/25
パトリック・モディアノ
(著),
有田 英也
(翻訳)
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購入オプションとあわせ買い
「忘却の彼方にある人々の運命を思い起させ、
ナチ占領下の世界の人生を描き出した“記憶の芸術"……」
(ノーベル文学賞 授賞理由)
ナチ占領下のパリに蠢く、
闇商人、ゲシュタポの手先、ユダヤ人コラボ(対独協力者)……。
モディアノの衝撃のデヴュー作にして
翻訳不可能と言われた最大の問題作、
遂に翻訳完成!
「読者は、あたかも自身の記憶を探るように、
ナチ占領下のフランス人の経験と向きあうだろう……」
(「訳者解説」より)
『エトワール広場』は、モディアノが22歳で発表した“衝撃のデヴュー作"であり“最大の問題作"である。ノーベル賞の授賞理由である「ナチ占領下の世界の人生を描き出した“記憶の芸術"」とは本作を対象とする。
「仲間を裏切ったユダヤ人」の息子として生まれた精神不安、アイデンティティの危機、そして、レジスタンス神話による「抵抗したフランス」の嘘、ナショナルヒストリーによって忘却されていく人々の人生……。モディアノ文学の核心・問題意識のすべてが、鮮烈に描き込まれている。翻訳不可能とも言われてきたが、ついに翻訳が完成した。
第2作『夜のロンド』も併載。訳者による詳細な“解説"“訳注"“関連地図"付き。
■著訳者紹介
パトリック・モディアノ(Patrick Modiano)
1945年7月30日生まれ。「生存する最も偉大なフランス作家」と称される。
父親は、ナチス占領下のパリで、闇のブローカーをして生き残ったユダヤ人で、モディアノは「私は占領時代の汚物から生まれた」と語っている。
1968年、22歳で発表した本書『エトワール広場』でデヴュー。1972年『パリ環状通り』でアカデミー・フランセーズ大賞、1978年『暗いブティック通り』でゴンクール賞を受賞。
2014年、ノーベル文学賞を受賞。その授賞理由である「忘却の彼方にある人々の運命を思い起こさせ、ナチ占領下の世界の人生を描き出した“記憶の芸術"」とは、本書を対象としたものである。
ほかに、占領下パリの名もなきユダヤ少女の足跡を10年の歳月をかけて追った『1941年。パリの尋ね人』などがある。「モディアノ中毒」という言葉があるほど、その人気は高い。
訳者:有田英也(ありた・ひでや)
成城大学教授。訳書に、ジョナサン・リテル『慈しみの女神たち』(共訳、日本翻訳出版文化賞受賞)ほか多数。
ナチ占領下の世界の人生を描き出した“記憶の芸術"……」
(ノーベル文学賞 授賞理由)
ナチ占領下のパリに蠢く、
闇商人、ゲシュタポの手先、ユダヤ人コラボ(対独協力者)……。
モディアノの衝撃のデヴュー作にして
翻訳不可能と言われた最大の問題作、
遂に翻訳完成!
「読者は、あたかも自身の記憶を探るように、
ナチ占領下のフランス人の経験と向きあうだろう……」
(「訳者解説」より)
『エトワール広場』は、モディアノが22歳で発表した“衝撃のデヴュー作"であり“最大の問題作"である。ノーベル賞の授賞理由である「ナチ占領下の世界の人生を描き出した“記憶の芸術"」とは本作を対象とする。
「仲間を裏切ったユダヤ人」の息子として生まれた精神不安、アイデンティティの危機、そして、レジスタンス神話による「抵抗したフランス」の嘘、ナショナルヒストリーによって忘却されていく人々の人生……。モディアノ文学の核心・問題意識のすべてが、鮮烈に描き込まれている。翻訳不可能とも言われてきたが、ついに翻訳が完成した。
第2作『夜のロンド』も併載。訳者による詳細な“解説"“訳注"“関連地図"付き。
■著訳者紹介
パトリック・モディアノ(Patrick Modiano)
1945年7月30日生まれ。「生存する最も偉大なフランス作家」と称される。
父親は、ナチス占領下のパリで、闇のブローカーをして生き残ったユダヤ人で、モディアノは「私は占領時代の汚物から生まれた」と語っている。
1968年、22歳で発表した本書『エトワール広場』でデヴュー。1972年『パリ環状通り』でアカデミー・フランセーズ大賞、1978年『暗いブティック通り』でゴンクール賞を受賞。
2014年、ノーベル文学賞を受賞。その授賞理由である「忘却の彼方にある人々の運命を思い起こさせ、ナチ占領下の世界の人生を描き出した“記憶の芸術"」とは、本書を対象としたものである。
ほかに、占領下パリの名もなきユダヤ少女の足跡を10年の歳月をかけて追った『1941年。パリの尋ね人』などがある。「モディアノ中毒」という言葉があるほど、その人気は高い。
訳者:有田英也(ありた・ひでや)
成城大学教授。訳書に、ジョナサン・リテル『慈しみの女神たち』(共訳、日本翻訳出版文化賞受賞)ほか多数。
- 本の長さ193ページ
- 言語日本語
- 出版社作品社
- 発売日2015/12/25
- 寸法13.3 x 2 x 19 cm
- ISBN-104861825520
- ISBN-13978-4861825521
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登録情報
- 出版社 : 作品社 (2015/12/25)
- 発売日 : 2015/12/25
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 193ページ
- ISBN-10 : 4861825520
- ISBN-13 : 978-4861825521
- 寸法 : 13.3 x 2 x 19 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 516,866位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 800位フランス文学 (本)
- カスタマーレビュー:
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