360の角度より綴り落とされる言述が、その紙面に「トウキョウ」という断面を記す連作短編
しかし物語は語られない。何処からともつかない3人称の俯瞰によってその行動開始を記される《怪物》を冒頭に、ある種の記号と化した「東京」という場所に息づく様々な「感覚」が、リズミカルなコトバの散弾として撃ち込まれる。
正直なところ、この路線は苦手なんだ。リズムは一種の昂揚を生むが、ぼくが期待するのは"物騙る幻視者としての古川日出男"であって、リズムとスピードのもとに既存のヴィジョンを振り切っていくようなスタイルにはない。
あたしは飲んだ。硬水だった。これは東京の地下水なんだとあたしは思った。あたしは東京の地底にプールされているものを体内に入れているんだと実感した。あたしの食道を通って、胃のなかでプルプル跳ねているもの、それが東京の地下にずっと孕まれていたんだって。その水温があたしの胃袋で暖められる時、あたしは東京を孵化させているのにも近い。あたしは悦びに衝たれてしまって、思わずジャンプする。《森よ、森よ》
ときおりこんなドキっとするフレーズも出てくるけれど、なかなか、こんな風にその「中」へ入らせてくれる場面は無いんだな。東京に生まれた<怪物>はラストで再びその姿を描かれるが、しかしぼくにはその狭間に跳ねていた色トリドリの感覚の弾丸は突き刺さってこない。俺は歳をとったのか？
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