難解です。
途中で挫折しました。
命永らえたら再度挑戦したいものです。
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「資本論」も読む 単行本 – 2005/12/1
宮沢 章夫
(著)
「読んでから死にたい!」高校時代からの野望、歴史的大著への飽くなき挑戦を、さまざまな日常に妨害されながら綴った七転八倒超絶エッセイ!
私はここでべつに『資本論』を解説しようなどと思わないし、まして、『資本論入門』とか、、『二時間でわかる資本論』『眠っているあいだにわかる資本論』といった奇跡のような文章を書こうという気はちっともないばかりか、そもそもそんな資格もないのは研究者や学者ではないからで、むしろ、わからない、わからないと口にしつつ、闇雲に読みいよいよわからないと苦しんでいる様をありのまま書こう、という、これは読むことの格闘の記録である。(本文より)
- 本の長さ263ページ
- 言語日本語
- 出版社WAVE出版
- 発売日2005/12/1
- ISBN-104872902408
- ISBN-13978-4872902402
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商品の説明
著者について
宮沢章夫(みやざわ・あきお)
1956年静岡県生まれ。劇作家・演出家・作家。「遊園地再生事業団」主宰。著書に、エッセイ集『茫然とする技術』『牛乳の作法』(筑摩書房)『よくわからないねじ』『わからなくなってきました』『牛への道』(新潮社)『青空の方法』(朝日新聞社)、戯曲『月の教室』『14歳の国』(白水社)、小説『サーチエンジン・システムクラッシュ』『不在』(文藝春秋)など多数。
1956年静岡県生まれ。劇作家・演出家・作家。「遊園地再生事業団」主宰。著書に、エッセイ集『茫然とする技術』『牛乳の作法』(筑摩書房)『よくわからないねじ』『わからなくなってきました』『牛への道』(新潮社)『青空の方法』(朝日新聞社)、戯曲『月の教室』『14歳の国』(白水社)、小説『サーチエンジン・システムクラッシュ』『不在』(文藝春秋)など多数。
登録情報
- 出版社 : WAVE出版 (2005/12/1)
- 発売日 : 2005/12/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 263ページ
- ISBN-10 : 4872902408
- ISBN-13 : 978-4872902402
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,097,962位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 911位経済思想・経済学説 (本)
- - 281,316位文学・評論 (本)
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2009年12月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
自分自身は読んでないのだけれど「資本論」。マルクスが書いたってことぐらいは知ってる。
その資本論を,宮沢章夫が「読む」ってところが面白い。著者も言っているが,解説書ではなく,単に読んだことを書いている。その文章の傍らに,彼の執筆当時のブログを引用しているが,「ちょうど当時はこんな生活をしながら書いてたのね」と判り興味深い。
しりあがり寿の挿絵も秀逸。マルクスは銭湯に入らないだろと突っ込んでしまいそうになる。
その資本論を,宮沢章夫が「読む」ってところが面白い。著者も言っているが,解説書ではなく,単に読んだことを書いている。その文章の傍らに,彼の執筆当時のブログを引用しているが,「ちょうど当時はこんな生活をしながら書いてたのね」と判り興味深い。
しりあがり寿の挿絵も秀逸。マルクスは銭湯に入らないだろと突っ込んでしまいそうになる。
2006年3月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
とでも言って欲しかったのだろうか?まあそれもこの人のスタンスか。
なかの出版社のチラシを見て納得。それと同列ということか。
なかの出版社のチラシを見て納得。それと同列ということか。
2006年2月12日に日本でレビュー済み
読書というものは、脳内で大体変なことを考えたり、脱線したりしながら読むものと思う。そして、「いやいやいや、こんなこと考えている場合と違う」と気を取り直して、本題に戻る。
この本の著者は、上のような脱線や読み込みを率直に本に表していて、共感できるのだが、むしろ特筆すべきは脱線の異常なまでの面白さ、それもゲラゲラ笑い転げながら読まざるを得ない敷衍の仕方にある。それは、資本論の問題(problemでもあり、「課題」でもある)の本質を明示しているからだ。
社会主義・共産主義関連の本を今まで何百冊となく読んできたが、爆笑を連続させながら読んだことはおそらく初めてだ。これから資本論を読むと、笑いながら読んでしまうかも知れない。そのくらい強烈な印象のある笑いである。
爆笑の中に、色々考えさせられたマルクス再発見の本であった。
この本の著者は、上のような脱線や読み込みを率直に本に表していて、共感できるのだが、むしろ特筆すべきは脱線の異常なまでの面白さ、それもゲラゲラ笑い転げながら読まざるを得ない敷衍の仕方にある。それは、資本論の問題(problemでもあり、「課題」でもある)の本質を明示しているからだ。
社会主義・共産主義関連の本を今まで何百冊となく読んできたが、爆笑を連続させながら読んだことはおそらく初めてだ。これから資本論を読むと、笑いながら読んでしまうかも知れない。そのくらい強烈な印象のある笑いである。
爆笑の中に、色々考えさせられたマルクス再発見の本であった。
2011年5月1日に日本でレビュー済み
資本論へのアタックは著者と同じく、高校生のとき先輩に図書室に連れて行かれて分厚いそれの講釈を聞かされて以来の課題だ。けれど学生時に読んだのはせいぜい「共産党宣言」のみ。故小渕総理が国会答弁時に「学生のころ、共産党宣言は読破したが、マックス・ウェーバーは途中で挫折した」と語っていたように、政治的立場が異なっても読んでみるテキストだと思うのだが、それはあまりに高い壁だ。入門書さえも挫折の連続。時代も変わり、私の年齢も押し迫り、すでに初期高齢者に突入しているので、先輩への供養も兼ねて、いよいよ、というところに来た。そこへ本書の出現。解説の足しには、もちろんならなかったが、チョー臆病な私には、モチベーションを掻き立てるのに役に立ったと思う。
それにしても、本書はおもしろいネライだと思う。解説でも入門でもなく、巨壁登攀のボヤキエッセーとは! 受験誌企画の合格体験記みたいなもんなんだろうね。それはそれで充分な意義があるよ。
ある詩人は、詩を書く前に現代哲学の文書を数ページ読むんだって。こんなノリを掴むための読みってのもあるわけだし、本書のような読み方もあるんだなってこともわかって参考になる。文(学)系のための読み方ということだね。でも、自分はやっぱり、ある程度でいいから、本書の著者くらいには分かりたいな。
それにしても、本書はおもしろいネライだと思う。解説でも入門でもなく、巨壁登攀のボヤキエッセーとは! 受験誌企画の合格体験記みたいなもんなんだろうね。それはそれで充分な意義があるよ。
ある詩人は、詩を書く前に現代哲学の文書を数ページ読むんだって。こんなノリを掴むための読みってのもあるわけだし、本書のような読み方もあるんだなってこともわかって参考になる。文(学)系のための読み方ということだね。でも、自分はやっぱり、ある程度でいいから、本書の著者くらいには分かりたいな。
2007年1月21日に日本でレビュー済み
宮沢章夫は面白い。
これを読んでも資本論の事は全く理解できないが、
何か難しいものに挑戦するもなかなか手こずるドキュメントというか、
ただコラムとして面白い。字体も好き。
これを読んでも資本論の事は全く理解できないが、
何か難しいものに挑戦するもなかなか手こずるドキュメントというか、
ただコラムとして面白い。字体も好き。
2006年1月18日に日本でレビュー済み
なにか「読むことへの感謝」のようなものが伝わってくる本である。でたらめなエッセイで読者を笑いに誘うのが得意な著者だが、とにかく生真面目な人だな、と思う。「読むこと」「書くこと」に関してはどこまでも真面目な人である。著者のの息遣いと同時にマルクス自身の息遣いまでも伝えようという意思が伝わってくるようで、著者がそれを意識して書いたかどうかは定かじゃないが、ある程度それに成功していると思う。
とにかく楽しく読めました。
とにかく楽しく読めました。
2006年11月24日に日本でレビュー済み
これは『資本論』の入門書ではないし、あらたな読み方の提示をするものではない。超多忙な劇作家・演出家・小説家が「高校時代に流行った」という『資本論』読書の夢を高校時代から宿題のようにもち来たり、これと格闘するという稀有の物語である。
この語り手には、(当然)作者が投影されていると思われる。評者と年齢の近いこの男の高校はどんな学校だったのだろうか? あの『資本論』を読もうぜとうクラスメートがいる高校とは?
それはともかく、この小説が素晴らしいのは、数多の苦難にぶつかってめげそうになりながらも、しつこくこの難題と取り組もうとし、あたかもビルトゥング・ロマンの結構を持つかに見えて決して完成へとは至らない、その螺旋的停滞である。
だって、『資本論』は刊行以来一貫して(大半は)そのように解釈されてきたのではないのか?
この語り手には、(当然)作者が投影されていると思われる。評者と年齢の近いこの男の高校はどんな学校だったのだろうか? あの『資本論』を読もうぜとうクラスメートがいる高校とは?
それはともかく、この小説が素晴らしいのは、数多の苦難にぶつかってめげそうになりながらも、しつこくこの難題と取り組もうとし、あたかもビルトゥング・ロマンの結構を持つかに見えて決して完成へとは至らない、その螺旋的停滞である。
だって、『資本論』は刊行以来一貫して(大半は)そのように解釈されてきたのではないのか?