映画を観たときの心の震えを、生々しく思い出す。ミロシュ・フォアマン監督作品『アマデウス』(84)、それは今なおわたしにとって屈指のベスト映画だ。DVDやブルーレイも手に入れて、何度となく鑑賞してきた。それゆえに、大好きな作品であるにもかかわらず、いや、大好きな作品だからこそ、舞台や戯曲に触れることは用心して避けてきたようなところがある。しかし一方で、人生のどこかのタイミングで体験しなければならないもの、という認識もあった。30年以上の歳月を経て、やっと戯曲を入手して読む気になった。
読了した今、正直な気持ちとしては「やっぱり映画のものだな」と感じているが、それはやはり映画ファンのひいき目だろう。映画はカメラも縦横無尽だし、ロケーションも自由自在だし、セットも音楽もお金のかけ方が桁外れだ。それと引き比べては「原作」の分が悪いのは当然だ。逆にいえば、映画では当たり前のように「本物」を映していたシーンの数々が、舞台という限られた空間ではどのように表現されるのか。その演出上の工夫が、戯曲の読みどころでもあった。
なるほど、そういうやり方だったのか、と感心したのは、サリエリが最初から最後まで出ずっぱりで、観客に向かって終始説明するスタイルであること。これによってサリエリが主役であることが際立ち、また多くのモノローグによって神への敵対心や自身の葛藤もより浮き彫りにされている。映画ももちろん主役はサリエリだが、モーツァルトもそれに拮抗する存在として丹念に描かれているので、どちらかといえば天才VS凡人の構図が強く印象に残る。エンターテイメントとしてはその方が断然面白いし、舞台ではできないことを映画ではやった、という意味でもこのアプローチは大正解だったと思う。また、ベンティチェロと呼ばれる狂言回しの起用も、舞台独特のもの。それらが要所要所で登場し、スムーズな場面転換の「つなぎ」として機能している。そういう一つひとつの工夫に、やっぱり映画と舞台は別物だな、とあらためて舌を巻いた。
翻訳は俳優の江守徹。意外な感じがするけれど、82年の日本初演時にはモーツァルトを演じていて、当時はほとんどテレビには出ない演劇畑の人というイメージだった(今は親しみやすい面白いおじさんだけど)。サリエリ役は初演から2011年の再演まで、ずっと松本幸四郎が当たり役にしている。個人的に戯曲を「解禁」した今は、ぜひとも舞台も観てみたいと思うが、松本幸四郎もそれなりの歳だし、またやってくれるかどうか…。ちなみに、モーツァルトのミドルネームでもある「アマデウス」には、「神の愛」という原義があるとか。いいタイトルを付けたな、とそのことにも今更ながら感心している。
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アマデウス 新装 単行本 – 2002/7/1
- 本の長さ182ページ
- 言語日本語
- 出版社劇書房
- 発売日2002/7/1
- ISBN-104875746008
- ISBN-13978-4875746003
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商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
音楽史上ただ一人の天才、モーツァルト。その音楽と愛に彩られた短くも華麗なる35年の生涯を描いた戯曲の翻訳。全世界を興奮させた舞台劇を映画化した作品のデジタルリマスター版公開を機に、84年刊の新装版を復刊。
登録情報
- 出版社 : 劇書房 (2002/7/1)
- 発売日 : 2002/7/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 182ページ
- ISBN-10 : 4875746008
- ISBN-13 : 978-4875746003
- Amazon 売れ筋ランキング: - 940,341位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 2,012位戯曲・シナリオ (本)
- - 9,758位英米文学研究
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2010年11月2日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
映画を見てから読んだので、映画の筋に沿って進んでいくのかな、と思ったが、
いい意味でぜんぜん違った。これを読んで、映画は映画用にかなりアレンジしていたことを知った。
冒頭、暗闇の中、車椅子に座り観客に背を向けている老いたサリエリ。
彼の長科白が続く。ここからして違う。演劇はサリエリが主役という軸が強く出ている。
映画の中の素晴らしい場面の一つ、モーツァルトが口述する曲をサリエリが筆記して、
彼の天才をまざまざと実感するところがあるが、劇の中にはない。
結末へと向かっていく第15場、16場、17場は濃密で、劇的で、読んでいると右能がしびれる。
巻末に訳者の江守徹による4ページの「あとがき」がある。
いい意味でぜんぜん違った。これを読んで、映画は映画用にかなりアレンジしていたことを知った。
冒頭、暗闇の中、車椅子に座り観客に背を向けている老いたサリエリ。
彼の長科白が続く。ここからして違う。演劇はサリエリが主役という軸が強く出ている。
映画の中の素晴らしい場面の一つ、モーツァルトが口述する曲をサリエリが筆記して、
彼の天才をまざまざと実感するところがあるが、劇の中にはない。
結末へと向かっていく第15場、16場、17場は濃密で、劇的で、読んでいると右能がしびれる。
巻末に訳者の江守徹による4ページの「あとがき」がある。
2005年4月20日に日本でレビュー済み
映画『アマデウス』と比較しながら読み、大いに楽しめた。戯曲が苦手な人でも一気に読み通せる作品だと訳者の江守徹が述べているのはまさにその通り。映画におけるモーツァルトは黒仮面の正体を知らずサリエリの善意を信じたまま死んで行くのに対し、戯曲ではいまわのきわにサリエリの陰謀を知って呪いながら亡くなる結末になっている。