1996年に発表された、カルチュラル・スタディーズのイギリスでの形成と発展を纏めた1冊。章分けは、第一章でカルチュラル・スタディーズが用いる理論や技法について明らかにし、第二章で英国での歴史的展開を概観した後、第三章からその主要な問題領域とそこで使われる手法、主な業績と問題性についての記述が続く。第三章ではテクスト・コンテクスト、第四章ではオーディエンス、第五章ではエスノグラフィー及び歴史学・社会学の手法、第六章ではイデオロギー、第七章ではポリティクスが、それぞれ取り上げられている。
カルチュラル・スタディーズはそもそも、大きな社会制度の分析では零れ落ちてしまう、人々の日々のごく普通の生活の実践、例えば食事をしたり、職場や学校や家庭でお互いに接したりする仕方、モノや情報を消費する仕方、それが実は文化であるという認識の下、そこから実感できる範囲で人々に作用する制度的抑圧を明らかにするのが狙いだったようだ。理論的組み立てで言えばかの有名なソシュールの言語システムの把握の仕方がレヴィ=ストロースやバルトによって言語以外の表象にも拡大される事によって、やがて記号論の原理に基づいてテクスト・コンテクスト・間テクストといった情報の読解技術が進歩したことが突破口となり、イギリスでのカルチュラル・スタディーズはその手法をテレヴィジョンの分析に流用することからはじめて、後の展開につながる業績を生み出した。この著作の章立てはその問題領域が議論の深まりにつれて広がっていく順序に従っている。テクスト・コンテクストの分析がテクスト決定主義やコンテクスト決定主義に傾き出すと、テクストの読み手の自主性について分析しようという機運が高まってオーディエンス研究が行われ、その議論を通じて、人は四六時中オーディエンスでいるわけはないだろうという意識が人々の日々の生活を現実に即して記述しようというエスノグラフィーへの実践へと人々を動かし、その業績を検討することから、人々が今を生きている様子を記述して理解するだけでは、今目の前にある現実が抱え込んでいる問題性を捉えられないという反省が起こり、現状に潜む問題性を明らかにする戦略としての歴史研究・社会学の研究が行われるようになり、そこで浮き彫りになったのが構築された制度や蓄積された言説を支えているイデオロギー性だった。イデオロギー概念についてみるとマルクスの用いた意味合いはグラムシやアルチュセールによって変形されていて、ここではグラムシやアルチュセールが含意したイデオロギーが議論される。グラムシがイデオロギーの議論で用いたヘゲモニー機能はカルチュラル・スタディーズでは広範に用いられたがそれはポストモダンの議論に転用されて有効性を失ったという議論もあり、ポストモダンの取った、快楽をイデオロギーに代置しようとする戦略が産業社会の論理に利用されたという指摘もここにはある。そして、イデオロギーに関わる問題性が実世界で大々的に露呈してしまう現象としてポリティクス、ポストコロニアリズムやエスニシティに関連する議論がここには取り上げられている。
ここで触れられている知見について触れればきりがないが、一つだけ実例を挙げれば、受け手に届く情報は全て前もって送り手によって選択・編集・加工されており、そこには一定の価値判断を主張するメッセージが埋め込まれていること、その認識をテレヴィジョンの分析に応用すると、例えば各種情報番組やコマーシャル・フィルムはもちろん、直接的メッセージを発しないように見えるヴァラエティ番組やドラマ番組でさえも、その裏には、直接表現されている内容とは別に、特定の価値判断を主張する強いメッセージが埋め込まれていて、その意味で全てのテレヴィジョンのコンテンツは教育番組、言い方によっては洗脳機能として解読できる、といった分析がある。
カルチュラル・スタディーズが齎してくれる業績には公共の制度分析を補完してくれる効果が大いにある。公共制度分析一辺倒では抽象性が強すぎてしまう危険性があるし、かといって文化分析だけでは、公共体が人々を規定してる現実を見落としてしまって逆に非現実的になる。公的制度分析かカルチュラルスタディーズかの二者択一ではなく、同じ現象を見る際に両者を使い分ける方が遥かに効果的だということは、著者も文中で触れている。その点に注意しておけば、読む者に日々の生活についての新たな発見や新たな実践についてのヒントを数多く与えてくれる1冊だ。
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カルチュラル・スタディ-ズ入門: 理論と英国での発展 単行本 – 1999/5/1
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- 出版社作品社
- 発売日1999/5/1
- 言語日本語
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商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
イギリスでカルチュラル・スタディーズが成立・発展してきた文脈に焦点をあて、その理論と概念、さまざまな領域への影響などをわかりやすく解説した入門書。
登録情報
- 出版社 : 作品社 (1999/5/1)
- 発売日 : 1999/5/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 367ページ
- ISBN-10 : 4878933135
- ISBN-13 : 978-4878933134
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2008年9月21日に日本でレビュー済み
2018年2月7日に日本でレビュー済み
本書は、カルチュラル・スタディーズの概念と、英国における小史をまとめた「基本原理」と、カルチュラル・スタディーズにおける理論的諸争点をまとめた「中心となるカテゴリー」で構成された一冊です。後者は、テクストとコンテクスト、オーディエンス、エスノグラフィー、イデオロギー、ポリティクスの章立てで、それぞれの源泉や流れであったり、問題点であったりが概括されていますが、ある程度の鍵概念の理解や素養がなければ、かなり手こずると思います。
2003年5月30日に日本でレビュー済み
著者は、クイーンズランド大学教授で『カルチュラル・スタディーズ』誌の編集人である。英国でのカルチュラル・スタディーズ(以下CSと略す)の発展(発見)やCSの主要な問題意識が紹介されている。結論に「文化を軽蔑したり、経験を構成する権力関係を見落としたり、自分自身の経験を無視することなく現代文化について考察する方法をカルチュラル・スタディーズは学生に与えたのだった(p326)」とあるが、私自身もそういった学生の中の一人であると認めなければならない。本書ではCSを祭り上げるのではなく、それが含む問題点もところどころできちんと指摘している。後半は、メディア・スタディーズにいささか重点を置きすぎている感はあるものの全体としてバランスよくまとまっている入門書だと言っていいだろち?。
2002年2月12日に日本でレビュー済み
英国カルチュラル・スタディーズについて,テクスト,オーディエンス,エスノグラフィー,イデオロギー,政治学というお馴染みの様々な側面からその軌跡を辿る。あまり中立的ではなく,彼自身の立場から書かれているところを良いとみるか悪いとみるか。でもこの分野は客観的科学を脱却しようとしているので,良しとしましょう。