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Her-2 ハーツー 単行本 – 2008/10/31
ドクター・メアリークレア・キング
(アメリカがん協会、ワシントン大学遺伝学教授)
1942年にエル・アラメイン(エジプト)での戦闘に英軍が勝利した際、
ウインストン・チャーチルは宣言しました。
「これは終わりを意味するものではない。終わりのはじまりでもない。
おそらくこれは、初戦の終了を意味するものであろう」
彼のいったことは、もちろん正しいことです。チャーチルのエレガント
な言葉は、通常の細胞の営みを多面的で狡猾かつ複雑に破壊してしまう
がんという敵との闘い、この、チャーチルの時代とはまったく別種の戦
闘に直面するわたしたちに対して、語りかけてくるものがあります。こ
の本はそうした闘いのなかで成し遂げられたひとつの重要かつ初期的な
勝利についての物語です。
"がんとの闘い"は1971年にリチャード・ニクソンが宣言しました。
1960年代に生まれ育ち、当時のベトナム戦争に反対していた人々の多
くにとり、ニクソンは英雄とは縁遠い存在であります。しかし、がん対
策研究に巨額の公的資金をつぎ込んだニクソンは、先見の明がある人物
と後日評価されることになりました。この"がんとの闘い"は軍事戦略
とは色彩が異なり、知的なものでありました。その成功・失敗はリスク
を厭わずやる気十分で鋭い戦術を編み出す能力を持った研究者を確保で
きるか否かにかかっていた点において、上意下達(トップダウン)的戦
略というよりむしろゲリラ戦と呼ぶにふさわしいものでした。それはベ
トナム戦争よりむしろアメリカ市民革命というに近いものでした。
「初戦の終了」?本書に語られる話は1979年に "Her-2/neu"という複
数のがんプロセスに関与する遺伝子がロバート・ワインバーグにより同
定されたことからはじまります。
その後何年にもわたる懸命な研究努力から、Her-2/neuは乳がん治療法
の新しいタイプのターゲットになることが示されました。
この闘いがはじまって27年たったいまも、なぜ初期的な勝利、すなわ
ち「初戦の終了」としか宣言できないのでありましょうか? 生物学が、
だれの眼にもわかるほどエレガントで明白になるには、実績を求められ
ることがよくあります。がんとの闘いにおいて様々なアイデアが生み出
されました。非常にすばらしいものも多々あり、リスクの程度が許容範
囲内にとどまる優秀なものもありました。そのなかでHer-2プロジェクト
は初期段階ではひやかされ、資金の手配はほとんど不可能で、何度か研
究断念の危機に陥りました。
この、今日では明白になった生物学的知見が、新薬開発・がん治療に
結びつけられるまでの道のりは、「事実は小説より奇なり」と呼ぶにふ
さわしいものであります。それは20世紀終盤を飾るユニークなストーリ
ーであり、主人公は頑固でまっすぐなアメリカ人たちです。かれらは一
匹狼、カウボーイあるいはローンレンジャーとみなすことも可能です。
最初に登場するのは科学者です。デニス・スレイモンは炭鉱労働者を父
に、シリア移民を祖父とするUCLAの腫瘍学・細胞生物学者です。ア
クセル・ウルリッヒは遺伝子クローニングを最初に行った研究者のひと
りで、ドイツからカリフォルニアに移ってバイオテクノロジー企業ジェ
ネンテック社の草創期に同社のスタッフとして加わった人物です。スレ
イモンとウルリッヒはHer-2/neuが乳がん発生に占める重要な役割を発
見しました。
この生物学的知見に基づいて新しい薬を創出するには数多くの厳密な
免疫学的評価が必要であり、そうした評価は主にジェネンテック社の研
究者によりなされました。研究者たちはこのプロジェクトに個人的な関
心から惹きつけられましたが、厳しい生存競争に巻き込まれている企業
の雰囲気のなかで、プロジェクトは迷宮のような浮き沈みに翻弄されま
した。幸いなことに(それは簡単なことではないのですが)、この動乱
のなかから、科学と経営の双方に才能を有する人材が何人か現れました。
この物語の主人公としては、さらに乳がんの患者たちとそのパートー
ナーを挙げることができます。ボブ・アーウィンが妻マーティ・ネルソ
ン(抗体療法を受けられるようになる前に転移乳がんのため40才で死亡)
に捧げた送別の辞以上に感動的なラブストーリーは思い当たりません。
アーウィンは、エイズ活動家にヒントを得て活動していたサンフランシ
スコの活動家たちと共に、ジェネンテック社の経営陣と乳がん活動家を
連帯させることに主力を注ぎました。生物学とバイオテク企業経営の知
識で武装し、さらに、妻の死に対する悲しみをばねにして、アーウィン
は、抗体製剤のコンパッショネートユース(人道的使用)の推進・説得・
維持に努力しました。
ひとつの新薬の有用性を第III相臨床試験で証明するのに必要な費用は、
莫大です。その薬剤を使うのに適した患者が治療を受けている病院は方々
に散らばっており、しかも主治医たちはこの種の臨床試験に不慣れなこ
とが多いので、それをまとめあげるのは容易なことではありません。
そこで登場したのがフランセス・ビスコです。彼女は法律家、消費者
運動家、乳がんからの生還者、そして全米乳がん連合*11(National
Breast Cancer Coalition; NBCC)の会長であり、非常に有能なまとめ
役でありました。フランセスは専門的知識を学び取った上でこの臨床試
験をNBCCとして支援すべきであるとの判断を下し、試験に関する情
報を何千もの患者・医師に提供し、数百名の女性が試験に参加する道を
開いたのでした。
1998年春に明らかになった第?相試験の結果は、ハーセプチンが期待
通りのはたらきを示すことを証明しました。この薬のおかげで、おそら
く毎年5万人の乳がん患者が恩恵を受けられることになるでありましょう。
デニス・スレイモンが語ったように、「このことは、がん細胞のなかで
なにが問題となるのかを把握しそれを正すことが可能であるという、基
本的考えの妥当性を証明するもの」といえましょう。
これは現代の寓話であります。多くの悲劇的な喪失を経て最終的にし
あわせな結末、少なくとも希望に満ちた結末に至る物語であります。複
雑な生物学的ミステリーであり、高度な経営ドラマであり、理性的で知
的なラブストーリーであり、そしてよい意味でのしぶとさを巧みに表現
したもの、といえます。
つまり、よき科学はよき糸を紡ぎ出すということなのです。
- 本の長さ305ページ
- 言語日本語
- 出版社篠原出版新社
- 発売日2008/10/31
- ISBN-104884123182
- ISBN-13978-4884123185
商品の説明
著者からのコメント
2005年5月のASCO。学会の主要演題として取り上げられた
ーセプチンを用いた乳がん術後補助療法の大規模臨床試験の結果が
発表された。タモキシフェンなどのホルモン療法と同様、Her2過剰発
現(Her2 3+もしくは、FISH陽性)の患者群において、再発を約半減し
たとの結果が出たのである。メイン会場を埋め尽した聴衆は総立ちと
なり、万雷の拍手と歓声で、その成果を讃えた。
遡ること7年前。1998年春のASCOでも、まったく同様の光
景が繰り広げられていた。実は、このときの方が、同じ歓声の渦の中
でも、よりセンセーショナルであり、そこに至るまでの過程での人間
模様は、まさにプロジェクトXの世界であった。たった4つのアミノ
酸配列よりなるDNAの二重らせん構造と、そこから作り出される蛋
白の数々、人間という複雑な構造を有する生命体も元を質せばきわめ
て単純な部品から成り立っている。にもかかわらず、人が十人十色、
百人百様、千差万別といわれるが如く、がんもまた多様性を呈し、そ
のなかから普遍的な真実を見出すことは容易なことではない。
乳がん克服への道は、当初外科手術が中心であり、がん細胞が全身
に飛び散る前に、患部を包むように取り除くという概念のもとに行わ
れた。特に1900年初頭より標準術式として行われてきたハルステッ
ドの術式は、乳がんが周囲のリンパ節への転移を経て全身に広がると
考え、乳房から脇の下や鎖骨の下に至るリンパの流れを取り除くため
に、全乳房切除に加え、大胸筋も切除した。この考えは、その後約8
0年の長きに渡り行われてきたのであるが、その間、乳房外に転移し
たがんに対しては、第二次大戦以降に登場した抗がん剤が全身治療の
手段としてその後急速に進歩を遂げた。本書にも述べられているが、
抗がん剤開発の初端は、第二次世界大戦中のマスタードガス爆弾の被
害者を治療する過程で、白血球が異常に下がることに着目し、白血病
をはじめとするがん治療に応用されるようになった。しかし、文字通
り「毒をもって毒を制す」であり、正常細胞のダメージ(例えば、脱
毛、口内炎、下痢、白血球減少に伴う免疫力の低下など)は予想以上
に大きく、その克服に対しても多大な労力を要した。大砲で的を打ち
抜くのは容易であるが、周辺の被害は甚大となる。そこで、弓矢で正
確に的を射抜く治療法、Targeted therapy(日本語では、「分子標的
治療」といわれる)への関心が高まった。がん細胞の増殖のメカニズ
ムを解明し、そこにターゲットを絞った治療薬の開発という新たな概
念のもとで、多くの研究者がしのぎを削り、幾多の試行錯誤を重ねた。
何度も絶望の淵に立たされつつも、決してあきらめずにハーセプチン
の開発に取り組んだデニス・スレイモンをはじめとする研究者の熱意、
その原動力となったのは、乳がんに侵されている患者をひとりでも多
く救いたいという医師としての明確なMissionとVisionがあったからに
ほかならない。本書に描かれている如く、数度の挫折を乗り越えて、
ようやく日の目をみたのが、ハーセプチンの再発乳がんに対する第III
相臨床試験の結果が発表された時である。その後、この薬で助けられ
た患者および待望する患者団体の熱意が後押しとなり、再発乳がんの
治療において、異例の速さでFDAの承認を得た。この後のハーセプチン
の展開は、再発の治療から、再発の予防へとシフトし、欧米において
大規模臨床試験が計画され、冒頭で述べた2005年のASCOでの
第一報に至ったのである。このエビデンスに対して素早く反応したの
は、NCCNであり、ASCOが開催された2005年5月末には、
電話会議を経てハーセプチンの術後補助療法としての使用を認めるガ
イドラインの改定を行った。さらに、2006年はじめの改定では、
治療法の選択において、まず、ホルモン感受性があるか否か、次に
Her2の過剰発現があるか否かで枝分かれをするように、ガイドライン
の根幹を完全に書き換えてしまった。わが国でも、本年2月末によう
やく保険適応となり、ようやく標準治療の仲間入りを果たした。
がん治療の根本は、手術や放射線治療により局所をきちんと制御す
ることが前提ではあるものの、同時に全身治療の必要性を把握し、適
切な薬剤を投与することにより、遠隔再発を防ぐことである。したが
って現在、治療の主体は薬物療法に移りつつある。しかし近い将来、
その薬物療法においても、主役の座は、化学療法からホルモン剤や本
書で取り上げているハーセプチンをはじめとする分子標的治療薬剤に
移っていくであろう。術前薬物療法によって病理学的に完全に消滅で
きる率が高まれば、精緻な画像診断のもとでの針生検にて、非手術と
いう方向性もでてくるであろう。今後は、手術を主体とする外科医や、
化学療法を上手に遂行する旧来型の腫瘍内科医ではなく、分子生物学
を熟知し、がんワクチンなども含めて幅広い視野のもとで治療計画が
立てられる、乳腺専門医の育成が望まれる。しかしどの手段が治療の
本命となろうとも、がんを克服する原動力となるのは、本書に描かれ
ているようながん撲滅に賭ける不撓不屈の精神と、患者、一般市民を
含むチームとしての連携であろう。
2008年9月
聖路加国際病院 ブレストセンター長
中村清吾
出版社からのコメント
登録情報
- 出版社 : 篠原出版新社 (2008/10/31)
- 発売日 : 2008/10/31
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 305ページ
- ISBN-10 : 4884123182
- ISBN-13 : 978-4884123185
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