中世には、宗教religionなど存在しなかった。レリギオreligioという言葉は、修道僧の身分・誓願に関する言葉であった。そして霊性spiritualiteは、むしろ十八世紀における神秘主義の鍵言葉だった。
「身体・祭儀・夢幻・時間」という題を持つ本書は、西欧中世におけるキリスト教とキリスト教教会についての本なのである。この本が取り扱う対象を素直に表現すると「中世キリスト教史」になる、と私は思う。
ならば、この本におけるキリスト教とキリスト教教会とは、どのような点で「中世キリスト教史」と異なるのか。
教会はあらゆるものを支配しようとした。
教会は時間を支配しようとした。教会は、未来は神のものであるから、未来を占う迷信と闘った。病も教会が説明する。例えば籟は、親の淫行による、というように。人々が夜見る夢もまた教会が支配した。夢を解釈し、悪霊に対抗したのだ。異教の霊場や泉も教会がキリスト教の聖地に塗り替えてゆく(教会は奇跡を盗む！)。驚くべきことに教会・聖職者が奇跡の真贋(！)を見分け管理したのだ。また、村社会における若衆の奇習であるシャリヴァリについても、教会が記録した。
多くの興味深い論点の中で、異端カタリ派の女たちの改宗の物語を注目したい。聖ドミニコの悪霊呼び出しと異端との手法上の近似、あるいは聖人と異端の女たちとの関係、悪魔猫が表象する性的倒錯など、それらはこの章のタイトル「知的文化と民衆文化」の図式以上のものを想像させる。
中世史とは、私にとっては、結局のところ、モダニズムへの攻撃なのかも知れない。しかし、この本における中世は、モダニズムへの反発としての、つまり郷愁としての中世を、限界まで遠ざける。そしてむしろ、シュミットが表徴のレベルを丹念に辿る中世は、最終的なところで(分量としては僅かである)、イエス・キリストの教えと教会から離脱、近代の世俗の到来を一種の光明・進歩として待望するところが、鮮やかなのである。
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