私は東北大震災に続く原発事故の直後、次々と入ってくるニュースを追いながら本書を読み、渡辺一夫氏の言葉があまりにも今日の日本にも当てはまり、あの敗戦の体験が再現されつつあるような気がしてならなかった。
日本の絶望的なる理由…咀嚼不十分、表面的のみ消化せる機械文明。…大勢順応、因習の盲信。(3月11日付敗戦日記)
日本は何も欲しない、恐ろしく無欲である。立派な世界人を生む国民となることすら放棄している。滅び去ること。これが唯一の希望であり念願らしい。(3月15日)
知識人の弱さ、あるいは卑劣さは致命的であった。日本に真の知識人は存在しないと思わせる。知識人は、考える自由と思想の完全性を守るために、強く、かつ勇敢でなければならない。(3月15日)
文明とは何か?「人類」に属しているのだという個人の自覚 ・ 人間の条件を高めようとする物質精神両面の努力 ・ 「人間性」の改善に寄与するための自己犠牲の甘受…(5月25日)
…ロマン・ロランの呼びかけや要請は全人類に宛てたものである。だが…とくに日本人は、これを理解しようとも、素直に受けとめようともしない。…言うなれば、我々は呪われた者、「人間的幸福」から決定的に除外されているのだ。(6月19日)
封建的なもの、狂信的なもの、排外主義は、皆敗ける。自然の、人類の理法は必ず勝つ。人類の栄えんことを。(7月7日)
カタルシスがもっと深刻だった方がよかったかも知れぬとすら思うことがあります。それ程同胞諸氏はいけません。この「教訓」を生かせ切る能力はまだないと申すより他に仕方がありません。(8月26日付串田孫一宛書簡)
現在の日本の得体の知れぬ動き方、文明に対する医すべからざる無関心と誤解、思想に対する冷淡、…「軍官民」が誇称していたように、本土決戦が実際行われるのだ…竹槍を持たされた国民の何パーセントかは、アメリカ軍に捕らえられ、しかる後に、別に新しい政府を作り、山岳地帯へたてこもった同胞と戦ったことであろう。そして、この場合に生ずる骨肉相食む内乱は、日本歴史初めての思想的な意味を持つが故に、そのために生ずるいかなる犠牲も、これは民族として払わねばならなかったかもしれない。…それからの日本は、現在以上に苦悶するであろうが、しかしまた、現在のようなごまかしや暗愚や自慰や自棄を嫌悪するものとなっていたかもしれぬ。…(過激で愚劣な夢)
以上、印象深い言葉をいくつか書き出してみたが、どの言葉も現在の日本にそのまま当てはまらないだろうか?
一方、渡辺氏が日本が「良くなる」(渡辺氏は「大人になる」とも表現している)ためには極めて深刻な民族的経験が必要なのではないか、と考えていた点、明治維新を日本全土を巻き込んだ徹底的な内戦によって完成したい考えていた西郷隆盛とも共通する。しかし原爆投下も含め数百万の犠牲者を出したあの戦争、そして史上最悪の原発事故といった経験すら十分深刻ではないらしく、わりとすぐに何事もなかったかのように日常性を取り戻してしまう日本人というのはいったい何者なのだろうか?『「縮み」志向の日本人』、『日本辺境論』といった日本人論もあるが、日本人はやはり世界と連携して人の住む世を護り育てていくよりも、きょろきょろと他人の「おこぼれ」をねらいながら世界の隅っこに縮こまっている方が性に合っているのだろうか?日本は経済・技術大国などといっても、それでは淋し過ぎる気がするのだが…。
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渡辺一夫敗戦日記 単行本 – 1995/11/1
- 本の長さ229ページ
- 言語日本語
- 出版社博文館新社
- 発売日1995/11/1
- ISBN-104891779594
- ISBN-13978-4891779597
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商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
敗戦が間近に迫った暗く重苦しい日々、小さな手帳に密かに書き始められた日記。人間を平和を祖国を愛した一知識人の苦悩の記録に書簡・エッセイを加えてその理解の助けとするほか、新たに発見された戦後数か月分の日記を収録。
登録情報
- 出版社 : 博文館新社 (1995/11/1)
- 発売日 : 1995/11/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 229ページ
- ISBN-10 : 4891779594
- ISBN-13 : 978-4891779597
- Amazon 売れ筋ランキング: - 71,598位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 64位日中・太平洋戦争
- - 166位日本文学(日記・書簡)
- - 805位日本史一般の本
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2009年4月4日に日本でレビュー済み
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百年に一度と言われる不況下、「文学や歴史学を勉強しています。」などと自己紹介するにつけ、返答から、「この大変なときに、なんとまあ、結構なご身分ですね…」といった、非難めいたモノを感じることがつとに多くなりました。
「環境に良いわけでもない。病気を治すわけでもない。景気を刺激するわけでもない。つまり、そんなものには意味が無い。」
そんな、実利実益最優先の寂しいご時勢だからこそ、僕は、本書『敗戦日記』の価値の重さを改めて感じるのです。「意味が無い」文学を、堂々と、心の底から信じ抜き、高らかに擁護した渡辺一夫先生(1901〜1975)の偉大さを改めて感じるのです。
先生は、あの圧倒的な狂気の時代に、どこまでも文学を愛し、それゆえに、「理性」を信じ、「人」を信じておられた。
【負けてはならない。さう思う。己の精神・思想に生きつくすのだ。死は恐ろしい。しかし、己の思想が敗れて死ぬのではなく、勝つのならば死も欣ばしい。必ず勝つ。一日一日の情勢がこれを教へてくれる。決して情報局製の必勝の信念ではない。勝つものは勝つといふ現実の教へる確信だ。妻子に別れるのはつらい。しかし、これは思想の為に生き且つ死ぬ人間の忍ばねばならぬことだ。Rolland〔ロマン・ロラン〕のことばを想起せよ。封建的なもの、狂信的なもの、chauvinisme〔排外主義〕は、皆敗ける。自然の、人類の理法は必ず勝つ。Vive l'humanite.〔人類の栄えんことを〕(本書p.49)】
【ユマニスムなるものは、たとえそれがいかに「甘く」且つ「無力」でありましょうとも、苟も学問や思想に生きようと志した人間は、飽くまでこれを護らねばならぬものと考えますが、それでよろしいのでしょうか?(本書p.162)】
極限下にあって、「意味が無い」文学の価値を信じた一人の男。
その強靭な理性のモノローグたるこの『敗戦日記』は、今「百年に一度の不況」の直中を生きる我々にも、きっと何かを伝えてくれるだろうと思います。
そして、きっとその「何か」は、人類の生活の質を目に見えて物質的に向上させるものでは無いにしろ、少なくとも、力強く前を向いて生きて行く為の心の糧になるだろうと思います。
「環境に良いわけでもない。病気を治すわけでもない。景気を刺激するわけでもない。つまり、そんなものには意味が無い。」
そんな、実利実益最優先の寂しいご時勢だからこそ、僕は、本書『敗戦日記』の価値の重さを改めて感じるのです。「意味が無い」文学を、堂々と、心の底から信じ抜き、高らかに擁護した渡辺一夫先生(1901〜1975)の偉大さを改めて感じるのです。
先生は、あの圧倒的な狂気の時代に、どこまでも文学を愛し、それゆえに、「理性」を信じ、「人」を信じておられた。
【負けてはならない。さう思う。己の精神・思想に生きつくすのだ。死は恐ろしい。しかし、己の思想が敗れて死ぬのではなく、勝つのならば死も欣ばしい。必ず勝つ。一日一日の情勢がこれを教へてくれる。決して情報局製の必勝の信念ではない。勝つものは勝つといふ現実の教へる確信だ。妻子に別れるのはつらい。しかし、これは思想の為に生き且つ死ぬ人間の忍ばねばならぬことだ。Rolland〔ロマン・ロラン〕のことばを想起せよ。封建的なもの、狂信的なもの、chauvinisme〔排外主義〕は、皆敗ける。自然の、人類の理法は必ず勝つ。Vive l'humanite.〔人類の栄えんことを〕(本書p.49)】
【ユマニスムなるものは、たとえそれがいかに「甘く」且つ「無力」でありましょうとも、苟も学問や思想に生きようと志した人間は、飽くまでこれを護らねばならぬものと考えますが、それでよろしいのでしょうか?(本書p.162)】
極限下にあって、「意味が無い」文学の価値を信じた一人の男。
その強靭な理性のモノローグたるこの『敗戦日記』は、今「百年に一度の不況」の直中を生きる我々にも、きっと何かを伝えてくれるだろうと思います。
そして、きっとその「何か」は、人類の生活の質を目に見えて物質的に向上させるものでは無いにしろ、少なくとも、力強く前を向いて生きて行く為の心の糧になるだろうと思います。
2006年8月17日に日本でレビュー済み
威勢のいい愛国論がまかり通る今の世の中、是非読んで欲しい。
前回の大戦、どれだけ愛国心に埋もれて世界の中の日本と言う視点を失っていたか、その一端を感じることが出来ると思います。
前回の大戦、どれだけ愛国心に埋もれて世界の中の日本と言う視点を失っていたか、その一端を感じることが出来ると思います。