本作2年前に一度読み、今回2度目の読了です。前回は、帯に『千一夜物語』という案内があり、表紙と裏カバーが、16世紀の奇妙な肖像画家アルチンボルドの騙し絵を20世紀シュルレアリスム風に描いた絵だったことから、チェコ独特の不条理幻想小説や『千一夜』、或いはボルヘスやカルヴィーノ風幻惑感をミックスしたような小説かとの期待で読んだので、読むそばから忘れていくような話が多く、イマイチだと感じました。あまりにも記憶に残っていないので今回読み直したところ、それほど悪くない印象を受けました。本日現在「読書メータ」には51もレビューがあるのに、アマゾンには1つしかないのでレビューを書くことにしました。
あとがきで作者自ら述べているように、デカメロンの枠物語を採用し、『千一夜』の影響も受け、1日3話7日間計21の物語が収められています。本書が、20世紀の作品ではなく、デカメロン同様14世紀頃の作品だと騙して読まされても信じてしまう程の完成度です。完成度の高さが面白さに直結しているわけではありませんが、21の物語のうち、5編は中世の物語を翻案したものとのことで、どれがそれとは見分けがつかない融合ぶりは見事です。また、5話をカレル（1371年当時55歳）が一人称で回想として語る部分や、他の話者のチェコ以外の同時代の事件や実在の人物が登場する物語も、史実と虚構の見分けがつかず、上手い仕上がりです。この部分は歴史小説として読めます。
本書は、ウンベルトエーコ『薔薇の名前』のように、現代に発見された中世末期の書である、という体裁を取るとか、或いはカレル以外個性のない話者を、「読者をミスリードする推理小説の語り手」のようなひっかけにするなどの仕掛けがあれば、迷宮小説的インパクトが出たかも知れません。しかし、チェコから見た中世末期の欧州（イタリアは近世初期）という雰囲気が良く出ている点、（恐らく）英仏伊独の視点で中世欧州を見慣れている多くの日本人には斬新なのではないでしょうか。『千一夜』的視点で本書に向かうのではなく、幾つかの物語には千一夜的幻想譚（「オリガ」や「ベアータ」（いづれも中世の物語の翻案））も含まれている中世末期の書である、と考えれば、面白さも増すのではないかと思います。
あとがきで、著者がカレルを取り上げた理由を述べて、「彼がチェコのプシェミスル王朝の血脈を受け継ぎ、プラハをヨーロッパの中心としたからである」（母親がチェコ王家の出）とあるのを見て、カレルがチェコでどのように評価されてきたのか、その受容史に興味が出てきた次第です。
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