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イオマンテ: めぐるいのちの贈り物 (北の大地の物語) 単行本 – 2005/3/1
わたしは、だれかの命をもらって生きている、生かされている。
そう気づいたとき、人はもっとやさしくなれる。
他者にも、大地にも、自分自身にも。
先住民族アイヌの深い智恵に学ぶ、命と魂の物語。
- 本の長さ65ページ
- 言語日本語
- 出版社エフ企画
- 発売日2005/3/1
- ISBN-104894190311
- ISBN-13978-4894190313
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商品の説明
出版社からのコメント
▼イオマンテとは
冬の終わり、まだ冬眠中の熊を狩るアイヌの穴熊猟。熊は冬眠中に子どもを生むので、穴の中には母熊と子熊がいます。アイヌの人々は、母熊は獲物にしますが、子熊はそのままコタン(村)に連れ帰り、カムイ(神)の国からの賓客として大切に育てました。そして、一年か二年の後、大きく育った子熊を、カムイの国にいる母熊のもとに送り返すのです。この時に行われる盛大な熊送りの儀式が「イオマンテ」です。
▼物語
「送る」とは、実際には、熊の命を奪うということ。少年は、子熊との別れのつらさのなかで、命の重さと尊さを痛いほど感じます。そして、生きていくということは、日々、他者の命をもらっていることだと気づいていきます。熊とともに育った少年の目に映る現実と、子熊のカムイの語る神話世界。二人の語り手によって交互に語られるふたつの世界は、やがてひとつに重なり、命と魂の巡りの壮大な物語が浮かびあがります。
▼本書の特徴
・作品制作にあたっては、アイヌのフチ(おばあさん)やエカシ(おじいさん)に取材を重ねました。アイヌの人々の生の声が生かされた物語です。
・挿画は、2003年に第13回宮沢賢治賞を受賞した小林敏也。受賞後第一作の本作では、アイヌの民俗風習の検証を重ね、正確かつダイナミックに北の先住民の暮らしぶりを表現しました。
・キーワードはアイヌ語で表記、日本語のルビをつけました。
・命の教育が叫ばれるいま、命とは、魂とは何かを深く問いかける心の絵本です。
著者について
1955年、東京生まれ。1986年、毎日童話新人賞受賞。先住民文化と天文学に興味を持ち、幅広く仕事を行う。
先住民関連の作品としては、シアトル首長のスピーチを編訳した『父は空 母は大地』、モンゴルに伝わる馬頭琴伝説を元にした創作『青いナムジル』、アイヌ民族に伝わる言葉遊びを元にした創作『おおかみのこがはしってきて』(以上パロル舎)などがある。
画・小林敏也
1947年、静岡県に生まれる。1970年、東京芸術大学工芸科卒業。
イラストレーションのみならず、グラフィックや印刷技術を視野に入れた、斬新な絵本づくりの先駆者として、高く評価されている。
ライフワークである「画本 宮澤賢治」シリーズ(パロル舎)は、1984年に「どんぐりと山猫」を刊行以来、すでに15冊を数え、2003年、第13回宮沢賢治賞を受賞した。
企画・十勝場所と環境ラボラトリー
1995年にスタート。十勝の雄大な自然の一部として、人間がほんとうの意味で豊かに暮らしていくことのできる21世紀の新たな発想のまちづくりのために、地域の有志、国内外の研究者、経済人など多くの人々とネットワークして、研究・実践を重ねてきた。十勝発の新たな地域像は、すでにさまざまな形で世界へ向けて発信されている。本書はその活動の一部として企画された。
登録情報
- 出版社 : エフ企画 (2005/3/1)
- 発売日 : 2005/3/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 65ページ
- ISBN-10 : 4894190311
- ISBN-13 : 978-4894190313
- Amazon 売れ筋ランキング: - 799,356位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 11,462位絵本 (本)
- カスタマーレビュー:
著者について

千葉県立千葉高等学校卒。外務省、広告制作会社勤務、フリーランスのコピーライターを経て、1986年、毎日童話新人賞を受賞、童話作家としてデビュー。以後、童話・絵本・小説・ノンフィクションと幅広く活躍。2006年より奈良市在住。
http://ryomichico.net/
1991〜1997年、衛星放送ラジオ局「セント・ギガ」に600篇以上の詩を提供。
1992年、野辺山宇宙電波観測所十周年記念絵本『ほしがうたっている』(絵・高橋常政、思索社)を制作。
2004年、兵庫県立西はりま天文台の2メートル望遠鏡「なゆた」完成記念絵本『遠くをみたい 星の贈りもの』(画・東逸子、パロル舎)を制作。
2005年、大人を主人公とした最初の小説『楽園の鳥 カルカッタ幻想曲』(講談社)が第33回泉鏡花文学賞を受賞。同年、財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構の助成を受けて制作した絵本『イオマンテ めぐるいのちの贈り物』(画・小林敏也、パロル舎)が小学館児童出版文化賞候補作に選出。
上記以外の作品に、子どもを主人公とした小説『小惑星美術館』『ラジオスターレストラン』『ノスタルギガンテス』『星兎』(以上パロル舎)『夢見る水の王国』(角川書店)、先住民文化関連絵本『父は空 母は大地 インディアンからの手紙』『おおかみのこがはしってきて』(いずれもパロル舎)、絵本『黒い太陽のおはなし 日食の科学と神話』(絵・佐竹美保、小学館)、ノンフィクション『マザー・テレサへの旅 ボランティアってだれのため?』(学研)『しあわせの王様 全身麻痺のALSを生きる舩後靖彦の挑戦』(小学館)など。
幼稚園・保育園向けの月刊絵本誌でも数多くの作品を発表し続けている。それらの中から絵本『おおきくなったらなんになる?』(鈴木出版)『ほしのメリーゴーランド』(フレーベル館)などが単行本化されている。アジア各国で翻訳出版された作品も多い。
金沢歌劇座で2012年に上演されたオペラ「ラジオスターレストラン 星の記憶」では原作・脚本を担当した。
カスタマーレビュー
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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ただ、語る側が男の子になったり、
子熊になったりするので
読み聞かせをしていて分かりづらかったです。
祭祀に使われるというほからやごへいなどと
いう道具が出てくるのですが、
私は初めて聞く言葉でした。
その度に検索して読みました。
その点、いきなり読み聞かせするには
向いてないかな、と思いました。
アイヌの文化に触れることはできますが、
大人向けの絵本という印象です。
読み聞かせをするなら
一度読んで大人が理解しておかないと
途中途中、説明が求められるかと
思います。
「いのち」の重さ、
その重い「いのち」を食事としていただくことの痛みを
詩のような美しい文体で秀逸に描き出した、名作。
大切に大切に育てられた熊の子は、
イオマンテの祭りの中で殺され解体され、
その肉は村中の人にふるまわれる。
熊の子をただ飼って太らせて、屠るのではない。
決して家畜ではないのだ。
カムイ(神さま)の化身を、お預かりして、またお見送りするのだ。
ぜひまた、この人間の里へ遊びに来て下さい、という祈りをこめて。
我が子同様に育ててきた村の女も、
きょうだい同様に暮らしてきた子ども達も、
胸のつぶれる想いに耐え、泣きながら敢えてその肉を口にする。
自分たちが、大いなる大自然の一部として生かされていることを肝に銘じ、
普段、何気なく口にしている命の尊さを体で思い知るための仕組みとして、
これ以上の仕組みがあるだろうか。
この仕組みを「祭祀」とした狩猟採集民族、アイヌの民の
その叡智の深さ、その生命観の厳しさ。
大自然に対する畏敬の念と、感謝の念の、深さ。
その、謙虚さ。
自分たちがいただいている命の尊さを体で思い知る。
普段何気なく食べている肉は、さっきまで息づいていたいのち。
つぶらな瞳と温かな肌を持っていただろう、誰かの子ども。
誰かのきょうだい。
誰かの親だったかもしれない存在。
肉だけじゃない。
魚はもちろん、野菜だって、いのち。
私たちは、命をいただいて生きている。
命は、こんなにも尊い。
命を奪う行為というのは、こんなにも重い。
私たちは、スーパーでパック詰めの肉や魚を買うとき、
野菜を買うとき、
どのくらいその痛みやその重さを感じているのだろうか。
どのくらい感謝していただいているのだろうか。
アイヌ民族の誇りをもって、とにかく、生き抜いてきたのだ。
さまざまな迫害に耐え、今なおつづく差別にも屈せず、
アイヌ文化を伝え続ける。
イオマンテはその最たる、儀式だろうか?
めぐるいのちの贈り物。
そのおかげで生きている。
そんなことを語り伝えながら最期の息をひきとる人が
この、日本本土に、幾人いるだろうか?
次に伝える責任や自覚。
自分がこの地球にひととき、身をおかせてもらい、
いろいろないのちの恵みをいただいて、いのちをつないで、
そして、終える。
その時、次のものたちに伝えよう。
ずっと、この美しい青い星でいのちが連なっていけるよう。
この本を読むと、そう実感します。
「わたしは ちいさな くまのカムイだ」
「ぼくはアイヌのおとこのこだ」
こんな風に一人称が変わっていくので、それぞれの気持ちになって読み進めていくことになる。
そして、クマ、人、両方の気持ちをじかに体験した感じがした。
夜、布団の中でさっそく子に読み聞かせた。短くはない物語の一頁一頁を、子は最後まで食い入るように見つめた。読み終えて、布団の中に顔を埋めていたのを何か思いだしたようにふいと出して「コグマがころされたときにね、ナミダがでるくらいかなしかった」と悲しげな顔でひとことだけ言って、また布団にもぐりこみ眠った。
良い本は読むことが問いである。きっと子も、なんども読み返し、なんども問うことだろう。