時の流れとともにある我々は通常、自身が時の流れの中にあることを悟ることができない。だが時を漕ぎ渡る船としてそこに乗っている社会の構造が大きく変容するとき我々は、自身が時の流れ即ち歴史の中にあることに突如気付かされる。我々日本人の歴史で言えば安土桃山の戦国期がそれであろうし、また幕末維新の動乱期もそれにあたろう。こうした時代が歴史が歴史として切実に感じられる時期として、ＮＨＫの大河ドラマで頻繁に取り上げられるのも故なしとはしない。西洋文化の歴史において、歴史が歴史として切実に感じられた時期が二つある。一つはまさに１５〜１６世紀の「ルネサンス期」であり、今ひとつは１８世紀最末年から１９世紀初頭にかけてのいわゆる「革命の世紀」である。
前者が中世という壮大な構造の崩落に巻き込まれた同時代人が、まさにそれ故にこそ古代−中世−現代というときの三区分説に依拠しつつ、歴史のパースペクティヴを初めて獲得した時代であるのに対し、後者もまたアンシャン・レジームというポスト・ルネサンス期の壮大な構造の崩壊に際会した者たちが、それ故にこそ近世−現代という新たな歴史のパースペクティヴを獲得し、それを踏まえて自己の存在を再確認した時代に他ならない。換言すれば近世の始まりとしての「ルネサンス」という概念そのものが、近世という時代区分の創出により自己の存在の根底を確立しようとした、「革命の世紀」のヨーロッパ人なかんずく革命の檜舞台たる１８世紀末葉のフランスに生を享けたフランス知識人たちの精神的苦闘の産物たることを跡づけることこそが、本書の眼目である。その意味で著者フェーブルが着目するのが、通常「ルネサンス」概念の創始者とされるブルクハルトに先行する存在としてのミシュレ、それも彼の代表作『フランス史』において１５〜１６世紀を「ルネサンス」気として初めて区分したミシュレである。
先の論法に従えばミシュレこそは、ポスト・アンシャン・レジームの混沌の中で「近世」という歴史概念の創出を介して、アンシャン・レジームを歴史的展望の中で克服し、己をそしてまた彼の属するフランス「民族」を再生させようとした存在こそがミシュレなのだ。だがミシュレは単にミシュレのみにとどまらない。一人のミシュレを産み出し、彼を通じて近世ならぬ近代の歴史学を創出する１７８９年以降およそ三世代（スタンダール／ドレクリューズ／ミシュレ）の知的営為の先端にミシュレはその姿を現したのだ。繰り返しになるが、ミシュレに至るフランス知識人の「ルネサンス」概念の創出（そにおいてラテン精神のルネサンス・イタリアから革命期フランスへの継承という神話が形成され、それをバネに直前のアンシャン・レジームが克服される）という知的営為が、近代的歴史をなかんずく「近世」史を作り上げたのである。
本書の副題「「歴史」の創始者」としてのミシュレとはたいがいそのような意味であろうが、彼のそのような「創始」の追体験を通じ我々は、我々にとっての歴史がどのような経緯を経て形成され、またどのような意味を持ちうるのかにつき自分自身の思索に取り組みはじめることになるだろう。きわめて滋味深い書であるが、抄訳編著であるため一つ一つの事実、一人一人の営為の積み重ねのうねりの中で、「ルネサンス」という概念が結晶していく様が少し見えにくかったのも事実である。やむを得なかったこととはいえ、この瑕瑾が惜しまれる。
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