サンティアゴ・デ・コンポステラは恐らく世界で最も有名、且つ神聖なる巡礼地であろう。
どうやら今では日本からのツアーまであるようだが、言う迄もなく当初は近隣諸国から厳しい道程を経て到達するべき難所でもあり、その道中では様々な危険もあった…そんな巡礼の道を解り易く紹介したのが本書であり、柳宗玄著作集の中でも異彩を放つ名著である。
サンティアゴ・デ・コンポステラの宝物館にはカリストゥス著『サンティアゴ巡礼案内書』が所蔵されているが、今でも私達が慣れない土地を旅する際にガイド・ブックを参考にするように、この案内書は当時の巡礼者にとって実に有難い手引書だったであろう…本書はこの案内書に則して巡礼の本質や背景、旅程や旅の苦労について豊かな視点で語っている。
先ずは、人々は何故“巡礼”をするのかという原点に迫り、そして旅立つ…当時の旅は決して楽ではなかった事から巡礼者が相当な覚悟を以て出発したのは理解出来るが、彼等を迎える側の人々もまた、様々な苦労があったのである。
だが、何故人々は敢て苦難を求めたのであろうか…現代に比べて当時の巡礼は「苦行」であり「修行」でもあるのであって、それを達するからこそ神に近付く事が出来るし、その一方で、彼等を迎え、歓待する事は自らの徳を積む事にもなる…本書ではこのように“巡礼の本来の姿”を丁寧に解説しているので、我が国に於けるお伊勢参りや富士講、或いは現代にも受け継がれるお遍路のおもてなしの伝統にも通ずる所があって非常に面白かった。
因みに、当時の旅が困難だったのは道路の整備や未発達な交通機関も然る事ながら、山賊や追剥の危険もあり、道半ばにして財産を失う事もある…こうした中で、各都市は救貧院を設け、全面的に巡礼者を受け入れる事に全力を尽くし、更には、こうした苦難を乗り越えた後に待っている具体的な霊験…その過程にある有難い聖遺物や伝承、更には最終到達点…即ち、サンティアゴ・デ・コンポステラに行く事の意義も語ってくれるので、改めて洋の東西を問わず“人々は何故、巡礼をするのか”という事を深く語ってくれたように思う。
尤も、そうは言ってもやはり当時の「旅日記」に興味が集中してしまうのはやむを得ない。
幾ら崇高な理念が目的であったとしても、やはり初めて見る場所・風俗への好奇心や美食への願望がなかったと言えば嘘になるし、こうした事から、本書の巻末に掲載された「案内書」の全訳は簡略ながらも私達の好奇心を大いに盛り立ててくれるであろう。
ここでは正しく巡礼者の“生の声”…即ち、実体験に基づく切実な吐露が多く含まれており、例えば街道沿いの住民達の特別な文化を紹介する内容もあれば、革剥ぎ職人に騙された話等もある…更には、執拗に税を取り立てる役人に対して「地獄送り」という憎々しい暴言を吐いている所からは、当時の巡礼が如何に困難を極めたかが臨場感を以て綴られていると同時に、当時の「旅」そのものが再現されているようでもあり、実に興味深いのだ。
図版掲載も豊富で、宗教的な観点のみならず、美術史を考える上でも貴重な史料を豊富に提供してくれるし、何よりも私達の興味を惹き付けてやまない名著である事は間違いない。
我が国にも“巡礼”の風習があるからこそ、尚更興味深いのであろうか…人々が何を追い求め、然も何故、その目的の為に如何なる犠牲も払わないのか…そんな不思議な精神性にも迫っており「宗教」「美術」「歴史」と言った枠組みを超えた一冊として記憶に留めたいと思う。
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