日本には古来より“御神木”や“霊木”－即ち木々には神が宿ると言う概念がある。
そんな私達にとっては恐らく樹木神話は最も親しみ易い物語でもあろう…本書は、樹木に纏わる世界の神話を蒐集し、改めて古代の人々が樹木に何を見出したかを考察した一冊なので、神話学の枠組みを越えて比較文化論としても面白く読めると思う。
さて、この“世界神話シリーズ”の他の作品は篠田知和基氏が日本と世界の神話や文学に重点を置いて纏めていたが、本書はフランスのジャック・ブロス氏がギリシャ神話や北欧神話、エジプト神話、更には欧州の伝説や民話等を中心に執筆している。
特に神話で興味深いのは地域性が色濃く反映される点であろう…本書で扱うのも宇宙樹や聖樹を皮切りに、トネリコ、インド菩提樹、オーク、ヤドリギ、ブドウ、イタリアカサマツ、ナツメヤシ、月桂樹、糸杉、オリーブ、イチジク等を網羅しており、それぞれが地域の特色を活かした独特の神話を生み出しているのが面白い。
また、ギリシャ神話と言えば多くの樹木変身物語が含まれているが、本書はこうした樹木に纏わる物語を発端に、例えばポセイドンが嘗ては冥界の神であった事、デュオニソスに樹木神としての根源を見出せる事、ギリシャ神話のアレスとローマ神話のマルスには明らかに違う性質が備わっている事等を指摘しながら読み解いているのは画期的でもあるし、更には、神話の世界からキリスト教国家へと移行した時代にも注目しながら、何故“禁断の果実”は林檎になったのか（実は聖書の中には明記されていない）…或いは、欧州の究極の“聖なる樹木”はキリストが貼り付けとなった十字架の木材であり、その聖遺物にまで言及している所は非常に解り易かったように思う。
そして、第7章「妖精の森」では“森の神秘と悪”とでも言うのであろうか…民間伝承に於ける魔術や暗黒の世界が渦巻く森に焦点を当て、前章「聖なる森と樹木の魂」と併せて異教の名残を詳述している展開からは、改めて欧州の風土を垣間見る事が出来たように思う。
何故なら、ここには古来より形作られた神話、或いは啓蒙的に発達した宗教ではなく、最も身近にある自然から人々が純粋に創造した豊かな世界があるからだ。
ここに改めて「樹木と人類」の関係について考えさせられた次第である。
神話、伝説、聖書を通して上記に挙げた以外にも非常に多くの樹木を取り上げている為に若干詰め込み過ぎの感はなくはないが、情報量の豊富さだけは確かである。
また、欧州が中心とは言え、我が国にも樹木を神聖視する傾向がある事から、比較しながら学ぶ機会もあるだろう。
ただの樹木と思う事なかれ…彼等は私達より遥かに長い歴史を知っているのだ。
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