本書は「マルチチュード」という概念を論じたものである。
ネグリ/ハートが
マルチチュード 上 ‾<帝国>時代の戦争と民主主義 (NHKブックス)
、
マルチチュード 下 ‾<帝国>時代の戦争と民主主義 (NHKブックス)
において、マルチチュードの身体性と「生政治」的な特徴を強調するのに対し、本書は、彼らの心身二元論と生政治概念の曖昧さを批判しつつ、言語活動の観点からマルチチュードを検討する。人間は本質的に「言語活動的動物」であり、また、グローバリゼーションにより言語活動と労働とが不可分になっていると考えるからである。
「序」では、本書の問題関心と構成について述べる。ここでのマルチチュードとは「<多数的なもの>の多数的なものとしての社会的・政治的存在型式」と定義される。それは、自由主義的思想の公/私では捉えられず、また、民主主義・社会主義的思想の集団/個人の中間に位置する。では、「市民」でも「群衆」でもない<多数的なもの>は何を基盤にして構成されるのか。「市民」が単一性を保つために国民国家という<一者>を「約束」として必要としたように、<多数的なもの>もまた<一者>を必要とする。しかし、<一者>は「約束」ではもはやなく、「前提」となるという。このように、マルチチュードにおいて、<一者>と<多数的なもの>との関係が考察されるべき問題とされる。
第1章「懸念と防御」では、<懸念と防御>の弁証法からマルチチュードを論じる。カント以来、懸念は「恐れ」と「不安」とに区分され、前者は、画定された原因(失業や事故など)に帰され、共同体によって原則的に提供されえるセキュリティが対応した。また後者は、はっきりとした原因をもたず、宗教経験によって与えられる防御が対応した。しかし現在、そのような区別は意味がなくなり、恐れと不安は完全に重なり合ってしまっている。それゆえマルチチュードとは、常に危険にさらされ、「自分の家にいると感じられないこと」を分有している人々であるという。そして、彼らがこのような世界の危険性から身を守るための本質資源として、<一般的知性>などの「共有のトポス」が<一者>になると主張する。
第2章「労働、行動、知性」では、労働・(政治的)行動・知性とマルチチュードとの関係について論じつつ、ポストフォーディズム的生産様式の特徴を明らかにする。以上の三区分はアレントが『人間の条件』において議論したものである。しかし現在、この区分の境界は消失し、労働が行動と同様の特徴を持つようになった。文化産業における言語活動的-コミュニケーション的な特徴が、社会全体の生産様式を規定するようになったという。そして、ここでの言語活動的-コミュニケーション的行為は、知性=一般的知性=共有のトポスに基づくと主張する。
第3章「主体性としてのマルチチュード」では、「個体化原理」、「生政治」、「感情的状況」、「世間話」、「好奇心」などの観点から、マルチチュードの主体性について論じる。個体化原理とは、終着点として<多数的なもの>が複数の特異性を保持したまま主体として形成されるプロセスとされる。また、マルチチュードの「感情的状況」として、便宜主義、シニズムを指摘する。これらの感情は、両義的なものであり、「悪い感情」でもある一方、一つの基礎的な存在様態にもなり得るという。最後に、世間話と好奇心とを考察し、マルチチュードの拡散的、非指示対象主義的特徴を指摘する。
第4章「マルチチュードとポストフォーディズム的資本主義についての10のテーゼ」では、これまでの議論をまとめつつ、そこから10のテーゼを主張する。付録には、アルゼンチンの活動家グループによる著者へのインタヴューが収録されている。
以下、簡単に批評する、
1) ネグリ/ハートに比べ、哲学的にもかかわらず、議論が一貫しており、主張が明瞭である。訳も分かりやすく、訳注で補足的な説明を加えてくれており、全体的に読みやすい。しかし訳者解説として、著者の思想的背景などの説明があれば、よかったと思う。
2) 訳注にもあるように、本書はアレントにおける労働laborと仕事workとの区分を無視している。その結果、労働概念を所与のものとして扱い、その形態の変化にのみ議論が集中する一方、労働概念自体の歴史性については議論されていない。つまり、「働くこと」は自明視され、非労働者や労働不可能者(障害者、子供、浮浪者など)の問題が看過されているように思われる。
3) マルチチュードとグローバリゼーションとの関係については曖昧なままである。「共有のトポス」には国境があるのか。あるいは、グローバル化したマルチチュードにおいて、言語における翻訳の問題をどう捉えるのか。
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
マルチチュードの文法: 現代的な生活形式を分析するために 単行本 – 2004/1/1
- 本の長さ259ページ
- 言語日本語
- 出版社月曜社
- 発売日2004/1/1
- ISBN-104901477099
- ISBN-13978-4901477093
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
国家が後退した公的領域にあらわれた「マルチチュード=多数的なもの」の存在・活動・主体性を解き明かす。現代社会理論、現代思想の重要概念と政治的実践とを結びつける講義形式の入門書。
登録情報
- 出版社 : 月曜社 (2004/1/1)
- 発売日 : 2004/1/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 259ページ
- ISBN-10 : 4901477099
- ISBN-13 : 978-4901477093
- Amazon 売れ筋ランキング: - 469,341位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
カスタマーレビュー
星5つ中4.6つ
5つのうち4.6つ
2グローバルレーティング
評価はどのように計算されますか?
全体的な星の評価と星ごとの割合の内訳を計算するために、単純な平均は使用されません。その代わり、レビューの日時がどれだけ新しいかや、レビューアーがAmazonで商品を購入したかどうかなどが考慮されます。また、レビューを分析して信頼性が検証されます。