親戚(おじ)でブラジルに移住した人がいたこともあり、日系ブラジル人の歴史に関心があって購入。
おじはコーヒー農園で奴隷のような過酷な仕事に従事し、それに耐えきれず仕事をやめて、日本に帰ってきたのだが、ブラジルに移住した日本人はそれぞれ、苦労したと思う。
最近亡くなったアントニオ猪木ももとはブラジル移住者。彼の自伝漫画でもコーヒー農園での過酷な生活が描かれていたのがとても印象的だった。
この本は100人の日系人女性の聞き書きをまとめたもの。
たくましく生きてきた日系人女性たちの100の物語から、人間のたくましさ、強さを感じることができた。
ブラジル移民は、日本政府の棄民政策の一環でもあったわけであるが、富を手に入れて日本に帰るつもりだったものの、そのまま定住することになり、帰ることをあきらめた人もたくさんいたという。
在日コリアンの歴史にも重なる部分があるとも思った。
ブラジルの経済の悪化および日本の労働力不足で、1980年代以降多くの日系人が日本に出稼ぎに来たことは周知のとおり。
この物語から、浮かび上がってくる大きな歴史が見えてきた。多くの人に読んでほしいと思う。
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100年 ブラジルへ渡った100人の女性の物語 単行本(ソフトカバー) – 2009/2/18
サンパウロ新聞社
(著, 編集)
ブラジルの大地を生き抜いた、100人の女性たちの100年
昨年ブラジル日本人移民100周年を迎え、日本国内そしてブラジルではさまざまな記念行事やイベントが行われ話題となりました。
100年前、アマゾン開拓のため夫や家族に連れられて、花嫁移民として夢を抱いてブラジル移住を決意した女性たちを待っていたのは、想像を絶する過酷な現実でした。
それでもたくましく家族や日系社会を支え、強さと明るさで生き抜いた女性たち。
その生の声をサンパウロ新聞社がブラジル各地を駆け回りながら集め、インタビューと新旧の写真とで構成した貴重な記録集が出来上がりました。
100人の女性の100通りの生き様は、人が創ったひとつの歴史であり、現代社会を生きる私たちに生きる知恵を、そして生を全うするとは何かを教えてくれます。
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ブラジルへ出発するとき、見送りの人でごった返した岸壁を見て、「旅行ではない。日本にはすぐに帰れないなあ、と幼い心の中を締め付けられる思いでした」。
最初に入ったウルグアイアーナのサンペドロ耕地では、小学生だった和代さんも、働き者で頑張り屋の母を見習い、朝から晩まで農作業を手伝った。
その後は近隣を点々とする生活が続く。
-(中略)-「夢のような五十年でした。家族一緒に生活してこれたこと、健康に恵まれたことに感謝しています。
今まで働いてばかりだったから、料理を作ったり、踊りや歌に参加したりして残りの人生を楽しみたいです」-野田和代さん(63歳)
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サンパウロ新聞社とは……
ブラジルの日系社会で発行している日本語新聞。1 9 4 6年に創刊、サンパウロ市を中心に読まれており、ブラジルの邦字紙の中で最大の発行部数を誇る。
ブラジルには約1 2 5万人の日系人が暮らしている。日本語の読み書きや話しをする数は年々減少しているが、未だ1 0万人を越す一世の世代が健在で、日本語新聞は貴重な情報源となっている。
タイトル:100年―ブラジルへ渡った100人の女性の物語
サンパウロ新聞社・編
定価:1575円(本体1500円)
装丁:宮川隆 カバー写真:川内倫子
ISBN:978-4-902943-38-2
216ページ/四六版変形/ソフトカバー
昨年ブラジル日本人移民100周年を迎え、日本国内そしてブラジルではさまざまな記念行事やイベントが行われ話題となりました。
100年前、アマゾン開拓のため夫や家族に連れられて、花嫁移民として夢を抱いてブラジル移住を決意した女性たちを待っていたのは、想像を絶する過酷な現実でした。
それでもたくましく家族や日系社会を支え、強さと明るさで生き抜いた女性たち。
その生の声をサンパウロ新聞社がブラジル各地を駆け回りながら集め、インタビューと新旧の写真とで構成した貴重な記録集が出来上がりました。
100人の女性の100通りの生き様は、人が創ったひとつの歴史であり、現代社会を生きる私たちに生きる知恵を、そして生を全うするとは何かを教えてくれます。
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ブラジルへ出発するとき、見送りの人でごった返した岸壁を見て、「旅行ではない。日本にはすぐに帰れないなあ、と幼い心の中を締め付けられる思いでした」。
最初に入ったウルグアイアーナのサンペドロ耕地では、小学生だった和代さんも、働き者で頑張り屋の母を見習い、朝から晩まで農作業を手伝った。
その後は近隣を点々とする生活が続く。
-(中略)-「夢のような五十年でした。家族一緒に生活してこれたこと、健康に恵まれたことに感謝しています。
今まで働いてばかりだったから、料理を作ったり、踊りや歌に参加したりして残りの人生を楽しみたいです」-野田和代さん(63歳)
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サンパウロ新聞社とは……
ブラジルの日系社会で発行している日本語新聞。1 9 4 6年に創刊、サンパウロ市を中心に読まれており、ブラジルの邦字紙の中で最大の発行部数を誇る。
ブラジルには約1 2 5万人の日系人が暮らしている。日本語の読み書きや話しをする数は年々減少しているが、未だ1 0万人を越す一世の世代が健在で、日本語新聞は貴重な情報源となっている。
タイトル:100年―ブラジルへ渡った100人の女性の物語
サンパウロ新聞社・編
定価:1575円(本体1500円)
装丁:宮川隆 カバー写真:川内倫子
ISBN:978-4-902943-38-2
216ページ/四六版変形/ソフトカバー
- 本の長さ216ページ
- 言語日本語
- 出版社フォイル
- 発売日2009/2/18
- ISBN-104902943387
- ISBN-13978-4902943382
登録情報
- 出版社 : フォイル (2009/2/18)
- 発売日 : 2009/2/18
- 言語 : 日本語
- 単行本(ソフトカバー) : 216ページ
- ISBN-10 : 4902943387
- ISBN-13 : 978-4902943382
- Amazon 売れ筋ランキング: - 168,058位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
カスタマーレビュー
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上位レビュー、対象国: 日本
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2009年4月13日に日本でレビュー済み
100 人の渡伯の理由はさまざまです。開拓移民として、写真花嫁として、教師として。わずか 2 ページに淡々と語られた 100 人分の人生は、それぞれが一冊の本になるようなドラマに満ちています。
中には、開拓移民として非常に苛酷な生活を送られた方もいらっしゃいます。農作に適さない土地の開墾、数年にわたる不作、蔓延するマラリヤ。
しかし、ブラジルに根をおろし、子育てを終え、次世代にバトンを渡した彼女たちは口々に「ブラジルに来てよかった。今が一番幸せ」といいます。
苦労を乗り越えて生き抜いたからこそ、人生に満足し、誇りを持ち、今を喜びとともに生きておられるのかもしれません。
平成を生きる私に、彼女たちのように苦難に立ち向かえる勇気があるでしょうか。
とにかく、素晴らしい本です。
中には、開拓移民として非常に苛酷な生活を送られた方もいらっしゃいます。農作に適さない土地の開墾、数年にわたる不作、蔓延するマラリヤ。
しかし、ブラジルに根をおろし、子育てを終え、次世代にバトンを渡した彼女たちは口々に「ブラジルに来てよかった。今が一番幸せ」といいます。
苦労を乗り越えて生き抜いたからこそ、人生に満足し、誇りを持ち、今を喜びとともに生きておられるのかもしれません。
平成を生きる私に、彼女たちのように苦難に立ち向かえる勇気があるでしょうか。
とにかく、素晴らしい本です。