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日本の原発危険地帯 単行本 – 2011/4/10

4.2 5つ星のうち4.2 6個の評価

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二〇一一年三月十一日十四時四十六分、「関東東北大震災」が発生、マグニチュード九・〇。
十六年前の一九九五年一月、阪神淡路島地区に壊滅的な打撃を与えた大地震の、およそ千倍もの巨大なエネルギーが、大津波となって太平洋岸・岩手、宮城、福島の海岸線に襲いかかった。死者・行方不明三万、歴史的大惨事となった。 かつて、一八九六(明治二十九)年、三陸沖大地震では、津波の髙さが三十二・二メートル、死者二万二千人となった。今回はそれに匹敵する悲劇をもたらした。が、そのときにも、阪神淡路大震災のときにもなかった異常事態が、より大きな悲惨を引き起こした。福島第一原発の炉心溶融事故である。

第一原発に六基ある原子炉の一号炉と二号炉で、津波の打撃によって、「全交流電源喪失」という非常事態となり、外部からの送電が止まった。このため、緊急炉心冷却装置(ECCS)が作動しない、という極限状況になっていたのだ。
また、冷却水の水位が低下して、燃料棒が水面から露出していた。圧力容器に挿入されている燃料棒を冷却できないまま、炉心溶融にむかっていたのだ。

その後、第一原発では、冷却機能を喪失した三号炉(十四日午前十一時一分)、それにつづけて二号炉(十五日午前六時十分)が水素爆発、四号炉では十五日早朝、使用済み核燃料の冷却プールの水温があがって火災が発生した。三号機でもまた海水注入に遅れをとっていた。
海岸に相並んだ六基の原発のうち、四基の原発は時間差自爆と火災を発生させ、いまなお高熱の状態がつづいている。

原子炉からでている水の放射性物資は、炉内の一万倍といわれている。ヨウ素131が千三百万ベクレル、セシウム137が三百万ベクレルなどと、素人にはにわかに判断できない汚染度である。電源喪失すると、どんな事態になるか、米では三十年も前にシュミレーションを行っていたが、日本は無視していた。原発は安全だ、といいつづけてきた日本政府は、科学的に、というよりも人間的な対応をせず、ついにシュミレーション通りの大事故となった。無知、無責任による人災であり、責任者の刑事責任は免れない。IAEA(国際原子力機関)の指摘によれば、避難対象になっていない「四十キロ圏内」の汚染は、避難基準の二倍に達している、という。国際基準よりも日本が緩やかなのは、人権感覚のちがいでもある。
いま二十キロ圏内に取り残された遺体は、千体以上、といわれている。立ち入りは危険であり、遺体もまた放射物質に汚染され、確認、検視が困難であり、回収は難しい。火葬は煙に放射性物質がふくまれて拡散する。このような不幸が想像されることはなかった。
キャベツの摂取制限のニュースを聞いて、福島県須賀川市に自死した農民がでた。これから、被災地の不幸はますます増殖する。その不幸を再現しないためには、原発の支配から脱却するしかない。簡単なことだ。「脱原発」を宣言し、原発から撤退をはかり、代替エネルギーの開発を毅然と進めればいいだけのことだ。それは日本の民主化の
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商品の説明

著者について

鎌田 慧(かまた さとし)

1938年青森県弘前市生まれ。早稲田大学文学部卒業。新聞記者や雑誌記者を経て、フリーとなる。労働や原発、教育などの問題を弱者の立場に立って追求するルポライター。いまも変わらず、自らの足で現場を歩き、市井の目線でルポを書き続けている。『反骨―鈴木東民の生涯』(講談社文庫)にて1990年度新田次郎賞を受賞、『六ヶ所村の記録』で(岩波書店)にて1991年度毎日出版文化賞を受賞する。著書は『自動車絶望工場―ある季節工の日記』(講談社文庫)、『ぼくが世の中に学んだこと』(ちくま文庫)、『狭山事件』(草思社)、など多数。

登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 青志社 (2011/4/10)
  • 発売日 ‏ : ‎ 2011/4/10
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 単行本 ‏ : ‎ 344ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4905042178
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4905042174
  • カスタマーレビュー:
    4.2 5つ星のうち4.2 6個の評価

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上位レビュー、対象国: 日本

2011年4月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この本はたびたび改訂・改題されてきた本の最新版。
しかしこの新版において2011年3月11日以後の加筆は「まえがき」の7頁と「あとがき」の2頁にとどまる。
奥付によればこの本は、
1982年、潮出版『日本の原発地帯』-->1988年、河出文庫-->1996年、岩波書店『新版 日本の原発地帯』-->2006年、新風舎文庫『日本の原発地帯』-->そしてこの新版
という経緯を経ている。
こうしたことは書店で手にとって購入する場合にはすぐわかることだが、ネットでの購入では分かりにくいので旧版をすでに持っている人は重複購入しないよう注意する必要がある。
内容は地道な取材に基づいていて大変興味深い。まだ読んでない人にはお勧めできる。
述べられているのは最新の状況分析ではなくここにいたるまでの経緯や背景である。
とりわけ電力会社が地元の人びとを懐柔する手法の告発は人間の弱さと強さの両面を描き出していて多いに考えさせられる。
61人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2011年5月5日に日本でレビュー済み
  TVを見ていたら、「シーベルト」と「ミリシーベルト」「マイクロシーベルト」の区別がつかないレポーターが出ていた(放送の最後で司会者が「訂正してお詫び」)。また、「年間20ミリシーベルトなら危険はないといっても、3年間なら60ミリシーベルトですよね」と、のたまった女性司会アシスタント(人体は生理的に放射能を体外に排出する機能を持つので、限度を超えない微量で長期に渡る被曝なら、単純な足し算にはならない)も出ていた。日本人の原子力理解ってのは、このところの報道を見ていると、残念ながら、この程度なんだろうと思うしかないのかなぁと思った。
  だが、早い話、太陽というのは核融合反応で天空に輝いている球体だし、地球の中心部では、地球誕生以来ずっと放射性物質が核分裂反応を続けているわけで、地球上の生物は、毎日この放射線を浴びているのが現実。そこに危険はあっても、人類は放射能と付合って暮らすしか選択肢はなく、放射線から逃れて生きてゆくことはできない宿命にあるというのが、まず、ことの前提(平常でも日本人は、東日本で概ね1.0〜1.4ミリシーベルト/1年間ていど、西日本だと1.4〜2.0ミリシーベルト/1年間ほど、自然界に存在する放射線を浴びている)。
  では、どのくらい放射線を浴びると人間のからだには危険で、どこまでなら許されるのか。
  ところが本書たるや、残念なことに、「放射能は危険だ」を繰返すばかり。
  どのように管理して危険と付合って行くべきかについては、まったく言及せず、「危険なもの」には(口は達者だけれど)耳も目も塞いで、アプリオリに「あんなのとは付き合うな!」に陥ってしまう。
  確かに日本の原発テクノロジーは、根っ子が、すでに米国で完成していた原子炉技術を直輸入したものなので、まるで基礎研究の蓄積が足らず、今回の福島原発事故を持ち出すまでもなく、木に竹を接いだごとき技術集積体で、「事故を引起こしやすい産業装置」とする見方は誤りではない。とりわけ問題なのは、産業技術者に、どのように危険物と取組むかを考えさせる教育環境がないため、およそ「ダメージ・コントロール」となると研究の積み重ねが不十分なこと。大半の技術者は、必要な最低限度も理解していないのが実情だし、また、日本の技術者養成の場では、人間が作ったものは、やがて壊れるか、壊すしかなくなるときが来るという単純な事実への発想訓練が不徹底で、もの造りは得意でも、造ったものを運用・管理するのは得手ではなく、とかく、生産する製品は何らかのかたちで最後は廃棄処分することになるという当たりまえの問題を置き忘れ克ち。細かく分野別に分断され、ものごとをトータルで見通す能力のない産業技術者が多数を占めている事実は否定できないといえよう。
  まさしく日本の原発が、だれが評したか、永らく、「トイレのないマンション」状態で放置されてきたことなど、この典型的事例といえまいか。
  しかしながら、アンチ原発論者も、おおかたは「水素爆弾の爆発」と「水素爆発」と「水蒸気爆発」の違いすら区別できないていどの不正確な理解しか持たず、いたずらに近代産業技術への不信・反発を感情的にぶち撒ける人たち。
  原子力技術の開発を推進しようとする科学技術者たちに対して、説得力のある議論を持ち掛けることが出来ず、あたかも、宗教家が信仰への帰依を求めるにも似た、信じるか、信じないかレベルの布教活動にとどまってしまう感じ、というと言い過ぎだろうか。
  その結果もたらされたのが、脱原発論者と推進論者のあいだに不幸な断絶ができ、対話そのものが、はじめから成立しなくなるという現実。
  本書、政界(自民党政権)・官僚(旧通産省など)・業界(東電など)の癒着3者 + いまは学界(東大工学部)&メディア(新聞、テレビ)も取込んだ原発推進クインテットが、いかなるかたちで日本の原発政策を歪めて来たか、いかに利益を吸上げ独占し分配して来たか、これまでの経緯については申し分なく十分に書きあげている。
  だが、終着点が、かつて、日本社会党が非武装中立論を称えたように、能天気な原子力発電所の即時全面撤廃論になるあたり、あまり説得力の認められるレポートとはいえないように思った。
  ※注.) 瞬時1時間以内にせよ、1年間累積にせよ、放射線量100ミリシーベルト未満の被曝で、人体が放射線障害を発症する危険はないと病理学的には既に解明されている(日本は、広島、長崎の体験もあって被曝障害の研究では最も進んだ国)。この水準なら、交通信号にたとえると「青信号(ただし、信号なんか要らないということでも、制限速度無制限という意味でもない。誤解しないように)」にあたろうか。
 ただし、放射線は、人体細胞のうちでも、とくに細胞分裂時のDNAにダメージを与える(ガン細胞への放射線照射が治療効果を示すのもこのため)ことが判っているので、成長期にある子供たちは、成人の3分の1量未満に被曝量を抑えるべきが限度として望ましいとされる。
  他方、成人でも1時間1,000ミリシーベルト(=1シーベルト)をオーバーするような大量被曝ともなると、人体中、もっとも旺盛に細胞分裂している生殖臓器の細胞が壊死して、男女とも永久不妊に陥れられる危険性が高く、この線=1時間1シーベルトを超える急被曝(致死量は1時間3〜4シーベルト以上)は絶対に避けるべきであり、「赤信号」というべきか。
  この間にあたる100ミリ〜1シーベルト/1時間〜1年の範囲は、前後の処置を誤ると、場合によって放射線障害を引起すケースも有り得る(個体差が大きく、放射能物質の違いでも異なる)被曝となるので、確っかりとした防護対策と後発的発症に対する適切な管理医療が求められる「黄信号」の水準といえよう。
  なお一部で、被曝量100ミリシーベルトを超えると「後発的」に「ガンになる確率が高くなる」と声高に叫ばれているが、それらは、「焼き魚のおこげを口にすると胃ガンに罹る確率」ないし「海水浴に行って陽に焼けると皮膚ガンになる確率」と異なるような確率ではなく、「塩分の過剰摂取で脳溢血になる確率」や「飲酒や肥満で糖尿病になる確率」よりも遥かに低いレベルのリスクといえる。
  米ソ両国が盛んに核実験を繰返していた昭和30年代には、東京都民の頭の上にも年間100ミリシーベルトくらいの放射線が降っていた時期もあるが、そのせいで日本人が放射線障害を発症したという事例は一例も報告されていないし、また、遺伝的にも、両親の被曝に由来するとされる障害が、広島、長崎の被曝2世に遺伝したという事例は皆無(もしも、遺伝子障害を引起すほど放射線を大量に浴びると、その人間の生殖臓器が壊されて子供のできない体になる。そのため、当然のことながら子孫に遺伝することはない)。そこは、妊娠中の胎児や成長期の子供たちが一次被曝するケースと区別して理解する必要がある。
  ましてや60歳以上の高齢者ともなれば、いまさら、年間累積予想100ミリシーベルト未満の区域立入りに何らの制約を設ける必要もなく、せいぜい「出入パス」のようなものを持たせて、被曝量累積が限度を超えないよう行政の管理下に置くていどで必要十分。
  政府がとっている現在のような立入禁止も同然の区域設定措置は、明らかに「あつものに懲りてなますを吹く」たぐいというほかはなく、原発の危険性に対する過去の極端なまでの軽視が、福島原発事故の反作用で、こんどは反対側に大きく振れすぎてしまい、責任回避を図る小役人らの保身術としか考えられない過剰な措置に陥って、まるで地域住民の生活を破滅に陥れることが目的かのような反動を引起している。当局者には、冷静かつ適切に、ことに処することを望みたいもの。
  追伸.)  菅内閣が浜岡原発の発電停止を要請し、これを中部電力も受け入れることになった。
  「唐突な要請」、「電力の供給不安」という批判も一部にはあるが、地震学の進展で、しばらく前から江戸時代の宝永地震や安政地震のときには、東海、東南海、南海、3つのトラフのうち2つ乃至3つが時間を措かず重複して活動した事実が知られるようになっていたのに、これまで電力会社は、この警告に耳を貸そうとしなかった。
  しかし、こんどの東日本大震災で複数3つ以上の震源が連続的に活動する事実があることが実証されたことから、浜岡原発前面の3つのトラフのうち1つが引き起す地震しか想定して来なかった従来の対策(最大800ガルまで。中越沖地震以前は最大400ガルまでだった)では、いかにも無防備同然というしかなく、徹底的に浜岡の地震・津波対策を再検討する(2000ガル程度の地震を想定する)必要が生じたのは明らか。
  今回の原発停止要請は適切であり、また高く評価すべき中電の決断だったといえる。
  危機管理に余りにも甘かった日本の原発政策は、これを機に根本的に一から見直すほかはあるまい。
4人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2011年4月29日に日本でレビュー済み
福島第一原発事故による避難指示地域となり、今、町ごと会津若松市に移動している
大熊町についてのルポが本の中にある。
著者が取材した1980年頃、税収の90%は原発がもたらす法人税、固定資産税などで占められており、
電源開発交付金で建てられた豪華な庁舎や公民館、スポーツセンターが立ち並ぶ「原発城下町」ぶりが描かれている。
しかし、原発の減価償却で固定資産税は年々減少。原発立地後は交付金もストップし、
豪華な箱物の維持管理費が町の財政にのしかかる。地場産業も乏しく、出稼ぎで生計を立てる世帯の多かった町は、
一度手に入れた豊かさを守るため、さらなる原発誘致を求めていく。
原発に魅入られた貧しい地方が、「原発依存」から抜け出せなくなる構図だ。
その末に待っていたのが、放射能汚染による町の「漂流」とは余りに哀しい。

著者はこうした地方の(特に行政関係者の)「原発依存」を、自治の精神の欠落であり、
退廃であると批判する。震災後の今、被災者となった人たちにその言葉は少々酷ではあるが、
カネのために不安を抱えながらも沈黙してきたことは「退廃」なのかもしれない。
そして、都市の繁栄のために貧しい地方が迷惑施設を押し付けられてきた矛盾が、原発事故という形で
露呈し、日本を窮地に追い詰めている今、「地方の自立」という言葉が重みを持ってくる。

「地方の自立」。その兆しはこの震災の中でもあった。
例えば、西日本の自治体からなる「関西広域連合」の動き。自治体ごとに支援を行う被災地域を決め、
責任分担する体制を組み、政府の対策が遅れる中、支援活動をリードした。
国の危機に際して、中央よりも地方が力を発揮し始めているのだ。
この成果を元に関西のリーダーたちは、政府に対してさらなる権限委譲を求める動きを見せている。
その中では、原発の見直しに言及する発言も出てきている。
著書の内容からは脱線しているかもしれないが、震災の中で芽生えてきたこうした動きが、
これからの国のありかたを変えていくような気がしている。
12人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2011年5月6日に日本でレビュー済み
福井、伊方、福島、柏崎などで原子力発電所ができるまでの経緯、とくに、反対勢力をお金の力で懐柔していく様は、生々しい。そして、切ない。
今、福島の人たちは大変なことになっているが、はたして、東京電力だけが悪いのか?国、推進派の役場の人間、漁業関係者、地主、お金をもらって交渉に応じた人たち。
広告宣伝費につられて、プロパガンダに加担したメディア。
誰が加害者、誰が被害者、とは一口に言いきれない現実。
民主主義を放棄し、国が安全と言ったから、電力会社が安全と言ったから、と考えることをやめてしまった人たち。
目の前にに、お金と仕事があったから・・・
いわゆる経済発展から取り残された地域が、甘い言葉にのせられて、原発を受け入れるにいたった過程を丹念に描いています。最後まで反対を貫いた人々も登場します。
そして、一度受け入れたらやめられない財政的現実も。
あとがきの「カネは一代、放射能は末代」という言葉が本当に心にささります。
そして佐藤栄作久「知事抹殺」もあわせて読むと、地方自治を殺し、国のエネルギー政策の名のもとに、都合の悪いことは検察もグルになって封印していく様に背筋が凍ります。
18人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2011年7月21日に日本でレビュー済み
迂闊にもこの本を今読んだ。

この本は1980年代前半には既に上梓されていた。その後、文庫化され、その後岩波ライブラリーに入り、そして東北大震災後に青志社から311も含む年表を付けた上で単行本化されたのだった。

鎌田慧氏が60年代初頭の、まさに日本に原発が導入されてきたときから原発建設各地をルポして記録したのがこの本。そこには、東電や東北電力が金をばらまいて過疎地の人達の心を買い占めていく様子が鮮やかに記されている。この人達を誰が責められるだろうか?僕は今多額の借金を負っているわけではないし、富まずといえど貧窮しているわけではないから目先のことより理念を大事にしたいと思うけれど、もしも僕が今多額の借金を負っていて、そこに東電が来て、「おたくの土地を売ってくれて漁業権を放棄してくれたら補償はたんまりするし、更におたくの町に道路を造ってあげましょう。」なんて言われたら僕は魂を売り渡すだろう。だって原発の安全性はお国が保証してくれるというのだから。

そういった欺瞞の上に成り立つ原発はすべて止めなければいけない。火力発電を50%しか稼働させないで、大企業のもつ自家発電の電気を「高いから」と買いもしないで、全発電量の3割を占める原発が全部停まったら日本の経済はたちゆかない、などど恐怖感を煽る電力会社の言い分に騙されてはイケナイだろう。

今回の事故で僕ははっきりそういった欺瞞性に気づいてしまった。

もう50年前から原発を追い、その危険性を言い続けてきた鎌田さんの不安が現実のものになってしまった。この本を今やっと手にした自分自身を含め、なんと安穏と過疎地の犠牲の上に今まで暮らしてきたかと慄然たる想いを抱くのは僕だけではないはずだ。
3人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2011年6月30日に日本でレビュー済み
新作が出たと喜んで買ったのだが、既に文庫版をもっていた。タイトルまで違うので、つい…。

とはいえ、鎌田慧氏の丹念な取材によって、原発推進派の地元住民にもおよび、反対派との対立など、現場の生々しい実態までが切り取られた本書は、地方切捨ての日本の歴史そのものを告発していて、都市部に住む読者たちのこれまでの生活の基盤すら問い直すような気迫に満ちている。
まだもっていない人は、この機会にぜひ読んでもらいたい一冊。
3人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート