本書の実質的な著者である宝賀寿男氏は、創見に満ちた刺激的な著作をいくつも世に問うてきたが、いずれもどちらかと言えば専門家向け。ところが、本書はそれらとはかなり趣を異にして、類書に見られない優れた内容であるのはもちろん、嬉しいことに、評者のような系図方面に疎い歴史愛好家にとっても、大層アクセスし易い本に仕上がっている。
まず挙げるべきは、全体がよくこなれた「です・ます調」で書かれていて、大変読み易いこと。そればかりか、関連するインタビュー記事(専ら共同執筆者の蒲池明弘氏によるものとのこと)が4本も途中挿入。随分と読者目線に立って作られている。
さらに読者のために、本書ではインターネット関連の記述が随分と見かけられることも特筆すべきだろう。
そうしたことによって、誰知らぬ人のない秀吉を導きの糸として、読者は、余り馴染みのない系図学というものに自ずと入り込んでいける。
本書の内容については、上記の「商品の紹介」の「内容紹介」において要領よく記載されているので殊更付け加えるまでもない。
ただ、例えば、本書で「系図には多くの虚偽がふくまれており、その真偽を見きわめるため、一次史料はもとより、一族の伝承、地域の伝説にも目を配る必要がある」と述べられているところ、著者が昨秋に刊行した『古代氏族の研究④ 大伴氏』(青垣出版)においても、「起源・出身の地理事情や神社奉斎・管掌業務、歌舞などの伝統・習俗など、古族研究についての多面的な視点からの検討が、大伴氏には必要である」と書かれている。
さらには、本書第二章にある「越の国へと続く道」との節は、全体として著者の『越と出雲の夜明け』(法令出版、2008年)を想起させるが、特に本書に「(北陸地方は)記紀の説話において新羅の王子とされている有名な天日矛の伝承地のひとつ」とあるのは、著者の『神功皇后と天日矛の伝承』(法令出版、2008年)における「越前南部から但馬の海岸にかけて、天日矛の足跡とみられるものが点々とある」に対応していよう。
もっと言えば、本書の「家紋が示唆するもの」という節(第三章)では「中世以降の武家の系譜を考えるとき、家紋が手掛かりとなるケースもあ」ると言われているが、本書で著者が自分の「デビュー作」とする『古代氏族系譜集成』(古代氏族研究会、1986年)にも、「中世以降については、家紋も参考資料となってくる」との文章が見出される。
要すれば、本書は、著者が得意とする古代史の分野から外れる人物を取り扱っているとはいえ、著者のこれまでの諸著作の自然な延長線上に乗った作品なのであり、だからこそその所説に説得力があるといえよう。
なお、本書の「あとがき」で、著者は、歴史の研究を志した理由や研究の視点といったことにつきざっくばらんに「個人史」を述べている。これまでの著書には見られない内容であり、読者は著者を身近に感じることができると思う。