ビル・エヴァンスは、1980年7月後半から、ロンドンのジャズクラブ「ロニー・スコッツ」に
2週間ブッキングされ、ライブ演奏を行った。これはその時の記録。ビル・エヴァンスが逝去する
のは、同年9月なので、死の直前のライブ演奏ということになる。「これは彼の音楽上の遺言であり、
トリオの演奏は、毎晩花火のように燃えさかった」とライナーノートには書いてある。タイトルにも
なっている「Letter to Evan」は、当時4歳だった彼の息子に贈った曲(ジャケットに写真がある)。
家族思いのビルは、毎晩この曲を演奏したという。
M1から2曲目までは、ドラムスがうるさいが、M3から正常化する。M4「Like someone
in love」が軽やかに終わると、自己に沈潜するような(あのエヴァンスのピアノ・スタイルが
浮かんでくる)自作曲「Your Story」。M6「Stella by starlight」は激しいインタープレイが
繰り広げられ、アルバム中最も長い演奏時間だが、8分間があっという間に過ぎる。
M7は、マイルスも愛奏したガーシュインの黒人オペラ・エレジー「My man's gone now」。
マーク・ジョンソンのベースも流麗で雄弁。ほぼ二人のデュオに近い演奏になっている。
ラストは「Letter to Evan」。キース・ジャレットでも『The Melody At Night, With You』
でしか出せなかった、素朴で純粋な抒情が冒頭からのソロで流れ出し、トリオ演奏に移ると、
子供との楽しい交歓を表現した浮き立つような表現になる。
スタン・ゲッツにも、晩年のラストレコーディングとして『People Time』という絶唱に近い名盤が
残されているが、エヴァンスも人生の最後に、こうした演奏ができたことは、ひとつの幸福だろう。