ポップなメセニー・サウンドは、『アメリカン・ガレージ』、『サン・ロレンツォ』、『オフランプ』と、これまでのアルバムを通じてすこしずつ発展・進化してきたが、『ファースト・サークル』は進化の幅が大きい。『ファースト・サークル』以前以後ではまるで違うと言っても過言ではない。70年代のポップなメセニー・サウンドを遥かに超える、ますますポップな音楽はここから始まった。『スティル・ライフ』や『レター・フロム・ホーム』のような大ヒット作の根がここにある。メセニー・サウンドはただ聴きやすいだけではない。深い音楽性と高い技術を持ちながらも、誰にでも好かれる音楽に仕上げてしまうアイディアによってポップなメセニー・サウンドは支えられている。例えば、タイトル曲の「ファースト・サークル」では、8分の22というリスナーが一緒にリズムを取ることも難しい複雑なリズムに乗ってペドロ・アズナールがメロディを歌い、それを、フュージョン時代には珍しいライル・メイズのアコースティック・ピアノの深い音とパット・メセニーのアコースティック・ギターが支える。どれほど技巧的なことをしても、それが自然に響き、一切作為を感じさせない。この当時これほどのアイディアをもったギタリストがいったい存在しただろうか。もちろん同時代のギター音楽との共通点もないわけではない。例えば、ジョン・マクラフリン『マハヴィシュヌ』(1984)、アル・ディ・メオラ『シナリオ』(1983)もパット・メセニーと同様に、ギター・シンセサイザーを使っている。しかしアル・ディ・メオラやジョン・マクラフリンがギター・シンセを前面に押し出し、そのサウンドに依存しているのに対して、パット・メセニーはギター・シンセのサウンドを自らの音楽に完全に統合し、可能な表現手段として利用しているにすぎない。
『ファースト・サークル』の魅力はポップなメセニー・サウンドが爆発的に進化したという点にあるだけではない。ポップなメセニー・サウンドと一見すると矛盾するように見えるが、人を寄せ付けないようなフリー・ジャズへの憧憬が彼の中で膨らみ続けていた。フリー・ジャズへの憧憬はこれまでのアルバムの随所に聞き取ることができたが、『ファースト・サークル』では冒頭の「フォワード・マーチ」がそれだ。パット・メセニーが少年時代最初に買ったレコードはオーネット・コールマンの『New York is Now』だったというからパット・メセニーにとってフリー・ジャズは単なる味付けではなく、メセニー・ミュージックの本質的構成要素だ。ここでパット・メセニー・グループが試みているのは、音楽の楽しさを凝縮したようなオーネット・コールマン流の楽しいフリー・ジャズだ。かつて『ゴールデン・サークル』においてコールマンが自分では満足に弾くこともできないヴァイオリンを手に、音を出すことの楽しさを表現したように、ここでライル・メイズはトランペットを吹いている。