ジャズミュージックは好きだけれど、ほとんどジャズボーカルを聴かない自分だが、
ダイアン・リーヴスだけは例外的に好んで聴く。
彼女の歌唱には、単にジャズという範疇だけではない大きな音楽がある。
このアルバムもとても意欲的な一枚として完成している。
M1は、印象的な弾けたリズムから入り、ジョシュア・レッドマンがテナー・サックスソロをとる。
M2はビリー・ホリデイも歌ったいかにもジャズボーカル風の曲で、それに正面から取り組むダイアン・
リーヴスがいる。トランペットソロはロイ・ハーグローヴ。M3は、ケヴィン・ユーバンクスの心地よい
アコギのアルペジオとダイアンのスキャットで始まる明るい曲。ジョージ・デュークの曲にダイアンが
歌詞をつけた。ドラムスはダイアンお気に入りのテリ・リン・キャリントン。
M4・M5はメドレーで、キャノンボール・アダレイに捧げられている。ダイアンは、キャノンボールが
演奏したナット・アダレイの曲「Jive Samba」にキャノンボールを称えるナレーションをかぶせていく。
彼のグループにいたジョー・ザビヌルが作曲した「The Benediction」では、教会の黒人牧師の説教のような
ゴスペル感あふれる歌唱を披露。これはライブ録音されて絵いるので現場の熱狂がストレートに伝わってくる。
ここまででもかなりの充実度なのだが、ここから彼女の歌の、音楽の世界が、一段と深まっていく。
M6「Detour Ahead」は、全曲の熱狂を受け止めつつ、それを沈めていくような気配の歌。ジャッキー・
テラソンの編曲がそのクールネスを保証している。アイアート・モレイラがパーカッションで参加。
テラソンらしい不協和音の音選びの間をたゆとうようにダイアンの歌声が流れていく様は感動的。
M7冒頭は、ブラジルの伝統的な祈りをダイアンが行い、その後ブラジル人ミュージシャンのアコギと
パーカッションでポルトガル語で歌う。言葉の響きを最大限に生かす演出が素晴らしい。M8「ナイン」
は9歳の頃の自分をテーマにダイアンが作詞し快活な曲。
M9「In a sentimental mood」はデューク・エリントン・ミュージック。ダイアンはエリントンの音楽を
重要視していて、1枚丸ごとエリントン・アルバムも作ったことがある。ここでの歌唱は、アルバム中の
白眉と言えるもので、懐かしさが漂ってしまうところをジャッキー・テラソンのモダンピアノトリオが
ここにしかない音楽を現出させる。ここから後半の山場になる。
M10「When morning comes」はイントロからヒューバート・ローズのフルートがフィーチャー(中盤には
ソロもある)。というように、このアルバムは実に周到で的確なプロデュース作業が施されている。
M11「Both sides now」は、ジョニ・ミッチェルの名曲。ダイアンは、ほとんどアカペラに近い歌唱で、
原曲のメロディと歌詞を大切にしながら7分間かけて歌っていく。原曲の良さが際立つ、という以上の名演。
ラスト「Sing my heart」はタイトル通りに彼女の心情をストレートに歌いつつ、アルバムを締めくくっている。
歌詞に「power on earth」とあるが、彼女のアルバムを聴いていると、いつも大きなアフリカ太陽の大地と
陽光を感じる。それはジャズの故郷であり、歌い踊ることの始原でもある。
このアルバムは聴きどころ満載で、内容は充実しているのだが、残念なのが、アルバム・ジャケット。
これは一貫してダイアン・リーヴスの弱点項目。せっかくのブルーノート・レーベルなのに、インディーズでも
しないようなデザイン。ストームだからといって、雨傘をカットに入れるなど、ありえないほど稚拙。