ミケランジェリが執心して演奏をしていたピアノ協奏曲といえば、ベートーヴェン5番「皇帝」であり、録音も残されているものが多いが、録音状態が良好で知られているものは4つある。
'A57年 スメターチェク/プラハ交響楽団 (モノラル)
'B70年 マルティノン/フランス国営放送(ORTF)管弦楽団
'C75年 チェリビダケ/パリ管弦楽団
'D79年 ジュリーニ/ウィーン交響楽団
'Aは、音質の良いモノラル録音であるが、好事家向けと言って良いだろう。あのミケランジェリが、何があったのかは知らないが、オケ/コンダクターとの、潰し合いに終始している。(恐らく、コンダクターと意見が衝突したのではないかと思われる)録音に残っているピアノ協奏曲で、ここまでのバトルはアルゲリッチに少しと、セル/ホロヴィッツのチャイコの1番くらいではないか?
'Bは、タッチに強さがある頃のミケランジェリの清冽な演奏。
'Dは、良く知られている、最も録音状態の良い演奏。
'Cが、このCDで、'Bと'Dの丁度、中間期にあたる。恐らくこのあたりから、ミケランジェリは自分の音作りを変え始めた時期だ。音色は、軽い弦楽器の様な音と、ここぞという時に深い青みのかかった重い音を出すという、前期・後期のいいとこ取りをした様な音となっている。
盟友、チェリビダケとの息もバッチリで、'B〜'Dの中でテンポも一番早く、演奏時間も短いものとなっているのが、ノっているミケランジェリを感じさせてくれて嬉しい。その効果は特に第二楽章に顕著に表れていて、ジュリーニ盤では冗長なスローテンポで瞼が重くなってくるところだが、こちらでは、清冽な岩清水が連続で滴下するが如く、ミケランジェリの透明な音が押し寄せる様に続いて出てくるので、中だるみは一切感じさせない。ミケランジェリが苦手な人も是非、一聴してもらいたいものだ。
自分の出す美しい音が有る。そこから立脚し、テクニック、スコアの解釈、曲選、ピアノの調律、自分と会場を含むコンディション等の、演奏に関連する全てのベクトルが「美音」の一点に集束しているのがミケランジェリの特徴で、そこを見過ごすと、音が綺麗な完璧主義者のつまらないピアニストと、見誤るので要注意だ。
然し、想い起こしてみると、私が初めてミケランジェリのCDを買ったのが20数年前、ジュリーニDG盤の「皇帝」でカップリング曲は一切無く、一枚で3500円だった。世の中は開かれて来たのか、何なのか?