前作『HOPE IN A DARKENED HEART(サム・スモール・ホープ)』は、坂本龍一渾身の
プロデュース&編曲の名作。前作が、アーティスティックな緊張と突き詰めた完璧性で満ちていた
のに対して、こちらは女性の明るさ、しなやかさ、つよさ、大らかさにあふれている。チェロ、
ピアノ、フルートといったアコースティック楽器が生きている。
1曲目冒頭は、チェロの旋律と深い響きが印象的。彼女は、生まれた自分の娘に「こんにちわ。
私のいちばん小さな友達」と語りかけるように歌う。「世界中を旅しましょう。わたしは知っている
ことすべてをあなたに教えてあげる。あなたの背中を抱いて、もうぜったいに離れないと思う。
あなたの小さな手をひいて、道を歩きましょう」と。後半、娘のあどけない笑い声が入り、そのまま
母子のラララ・コーラスとなる。最後に、その子が、自分の歌に納得いかなかったようで、
「わたし、もう1回やる」と言うのがかわいい。
ウ゛ァネッサ・パラディも出産後に自分の娘の声を入れたCD『BLISS』を出したが、どちらも
きらいではない。ただし、両者は大きく異なっている。ヴァネッサの場合は、夫であり子供の
父親であるジョニー・デップがアルバムにゲスト参加していることからもわかるように、うまく
いっている関係だが、ヴァージニアの場合は、そうではない。
1曲目で彼女は娘に「私はあなたに歩くべき道を示してあげたかったけれど、私自身がそれを
失ってしまった」と歌う。他の曲でも「愛はその魅力を失った」「空虚な人生」という歌詞がある。
優しい曲調の「マーティン」も、かつての完璧だった日々が、もう手元にないことを歌っている。
ただし彼女は、そういった哀しみをすでに乗りこえていて、あらたな生命感や鼓動のようなものに
包まれている。それを手にしてるから、このアルバムが生まれた。透明な叙情や、やさしいメロディー
とアレンジというだけではない味わいの深さは、それが原因なのだろう。
アルバムの8曲目「Blue sky, White sky」では、モーツァルトのメロディーに歌詞を付けて、
親友ケイト・セント・ジョンと息のあったデュエットを披露している。
よく晴れた午前中に聴くとぴったり。