このCDに収められて居るリヒテルの「悲愴」と「熱情」は、最高である。私は、中学生の頃から、LPでこの録音を聴いて来たが、何処かでこのCDを見つけたら、必ず買ふ事をお薦めする。−−素晴らしいベートーヴェンである。
そして、バガテルが素晴らしい。ベートーヴェンのバガテルは、ベートーヴェンのピアノ作品の中で、極めて重要な位置を占めるジャンルであるが、その素晴らしさの割りに、「エリーゼのために」ほどに知られて居ないのは、何故なのだろうか?
私は、若い頃、リヒテルのLPでベートーヴェンのバガテルを知り、その虜(とりこ)に成った。ずっと後に成って、そのベートーベンのバガテルを楽譜で見て、その視覚的単純さに驚かされた。−−こんな単純な音符の配列から、どうして、リヒテルが弾く様な、あの深遠な音楽が現れるのか?自分の目を疑った事を覚えて居る。−−ドイツの哲学者ハイデッガーは、「深遠な物は、単純な物の中に潜んで居る。」と言ったそうである。ベートーヴェンのバガテルは、音楽における、この言葉の一例であろう。そのベートーヴェンのバガテルの深遠さを、リヒテルのこのCDで、知って欲しい。
(西岡昌紀・内科医)