これはキース・ジャレットのアルバムでもなく、ヘンデルのアルバムでもない。と、思って聴いた方がいい。
ジャズでも、クラシックアルバムでもない。ではなんなのかというと、すぐれた「純粋ピアノ音楽アルバム」になっている。
ここでのキースは、ジャズの緊張感や、クラシックの伝統などから自由になっている。
そこで奏でられる音、音楽は、なんともいえず純度が高く、無心で、
ただピアノを弾く喜びと、その調べがあるような、Pure delightとでも呼びたくなるようなもの。
聴いてみて、つくづく思うのは、キース・ジャレットとヘンデルとの相性の良さ。
ヘンデルは、バッハほど厳しく構築されていず、精神性云々を求められることもない。
右手と左手の間に、いい意味での遊びがある。その自由な解釈や揺れを許容される”間”に、キースの音楽精神が入り込む。
特筆すべきもののひとつは、キースが弾くピアノの音色。
それはとても遠く、その意味ではまさにクラシカルなものなのだが、
それでいて親密で、いま、自分のすぐ横で奏でられているように聞こえてくる。
音がピアノから湧きあがってくる。そんな風に感じられる。キースが奏でるピアノ音楽は、
楽譜にそう書かれているからということを超えて、伸びやか。
かといってバロック音楽の枠や、曲想をこわしていない。
器楽曲が唯一素朴で、楽曲そのものでいられた時代の輝きが音になっている。
それと録音がすばらしい。これほどピアノの音が、しっとりと身近で、クリアで、
落ちついて、魅力的に聞こえてくるアルバムはない。
日本盤には、キースのバロック音楽(クラシック音楽全般)に対する見識やとらえ方が的確かつ雄弁に綴られている
ライナーノートが訳出されている。キースはその中で、このプロジェクト(ヘンデルの鍵盤作品を演奏・録音すること)が、
20年以上前から計画され、楽譜の吟味などを続けてきた結果であることも記している。
これが内容の濃い、必読のものなので、価格は多少高くなるが、国内盤を推薦する。
白に淡いオレンジ色の文字だけのジャケットもいい。