カラヤンが音楽的にもっとも充実していた時期の、最高に贅沢な作品のひとつ。
コンサート指揮者である以前にオペラ劇場のカペルマイスターであったカラヤンが、最愛のオペラハウス=ウィーン国立歌劇場の芸術監督を辞任して、ベルリン・フィルの常任指揮者に専念することになって、それでも理想をオペラ上演を成し遂げる夢を実現するために、故郷のザルツブルグで復活祭音楽祭を創設した66年から、カラヤンは世界最高の楽団=ベルリン・フィルをオーケストラ・ピットに入れるようになる。そうして、《指輪》四部作に始まり、《フィデリオ》《トリスタン》といった名作が続々と収録されていくが、72年に突如として《メリー・ウィドウ》がリリースされたのには驚かされた。いかに広範なレパートリーを誇るカラヤンといえども、《こうもり》を除いてはオペレッタの演奏の経験がないことに加えて、老舗のDGGが《メリー・ウィドウ》のような作品をカタログに加えるとは、誰も予想だにしていなかったからである。
カラヤンが何故にこの作品を取り上げようとしたのかは定かではない(私は《ボエーム》のムゼッタ役のオーディションでハーウッドを見出したのがキッカケではないかと睨んでいる)が、その出来栄えの破格の素晴らしさは圧倒的で、それまで決定盤とされてきたマタチッチ盤が顔色をなくすほどの存在感を示すこととなった。
もちろん、老練なシュワルツコップの名唱が味わえるマタヂツチ盤の価値は揺るぎないものであることを認めるものの、今となっては些かオールドファッションと言わざるを得ない同盤に対して、カラヤンの演奏は普遍的なスタイルを誇っており、時代を超越する遺産と評すべき名盤である。その後DGGは、ガーディナーとウィーン・フィルによる《メリー・ウィドウ》をリリースするが、カラヤンの熟成したワインを思わせる芳醇な味わいには及ばなかった。
ここには、ベルリン・フィルが演じた最高のオペレッタ(ベルリン・フィルがオペレッタを演奏した例など他にあるのだろうか?)が刻印されている。難をいえば、あまりに完全無欠で、遊び心に欠けるかも知れないが、だからといって、ちっとも堅苦しいわけでも、陶酔感に不足するわけでもない。そもそも、この作品を聴くのに、贅沢過ぎて困るなどということはない。カラヤン自身が選りすぐった歌手達も見事な歌を聴かせてくれるが、何と言ってもベルリン・フィルの演奏が凄い。とろけるような美音で優雅な旋律を奏でる弦楽器の響きに乗って、管楽器もまた歌手達に負けず劣らず歌い抜く。カラヤンが指揮すると、ベルリン・フィルでもウィーン・フィルもかくやと見まごうばかりの響きに様変わりする。かつてフィルハーモニアと録れた《こうもり》や《薔薇の騎士》もそうだった。フルトヴェングラーが存命中にウィーン交響楽団をしてウィーン・フィルの音で演奏させたという逸話も残っている。