ベートーヴェン:3大ピアノソナタ集vol.2
ウラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
録音:1973年(ワルトシュタイン&テンペスト)76年(告別)
アシュケナージの3大ピアノ・ソナタvol.1は、悲愴、月光、熱情である
ベートーヴェンのピアノソナタの『聴き始め』は、全集を聴かずとも、その3大ピアノソナタの2枚、あとは28番、29番ハンマークラヴィーアを聴いて欲しい
強いて言えば30、31、32番もだが、28番29番に親しんでからでも良いかも知れない
そして、ピアニストの選択は、自分としては断然アシュケナージである
彼のベートーヴェンは、最初に感動して数々のピアニストと聴き比べして、またアシュケナージに戻ってくると言わざるを得ない魅力がある
ピアニストとして過度の自己主張をしない、作曲者に対する敬意と曲に対する愛情の深さ、普遍的で中庸な解釈の中にも、ベートーヴェンに無くてはならないあらゆる要素が含有されていると思うのだ
それは勿論、技巧的な意味でも、ピアノの音色や響きというメカニックな点からでも同じことが言えるのであり、聴き比べなければ気付かない特性も備わっているのである
良きライバルとして挙げたいのがマウリツィオ・ポリーニのベートーヴェンである
彼のテクニックにおいては比類がないのは、ショパンの演習曲集で証明済みであり、ポリーニの代名詞とも言える録音だし、あれだけでもピアノの演奏史の金字塔と言える価値がある
しかし、率直に言ってそれ以外にポリーニの録音で傑出していると思ったものは、意外にシューマンの交響的練習曲やアラベスク位だろうか
ベートーヴェンで言えばキャリアの初期の頃に録音した28&29番の演奏が好きではあるが、それ以外は比較的新しいもので中期のピアノソナタのディスクが美音でありテクニックも物凄いのだが、ベートーヴェンのスケール感という点で物足りなさを感じるのである
1つにはピアノの音色、調律の仕方にまで遡ると思うのだが、指が早く動くように鍵盤が軽くなるように調律しているのではないだろうか、と思われる程に倍音、中低域が細いのである
その点、アシュケナージのピアノは中低音の響きが分厚く、まさに鋼鉄の弦の音がするし、テクニックに関しても高速のパッセージは勿論速いが、ポリーニのように先急ぐような感じがしないのである
どっしりと無理をせず、落ち着いた歩留まりが思索的で、ベートーヴェンに相応しい気がするのだ
中庸で規範的な演奏という点では、ブレンデルの初期録音のベートーヴェンも好きだし、自分としてはモーツァルト弾きだった頃からのファンだった、内田光子という選択肢もある
それより少し前の演奏家では、ギレリスやアラウ、バックハウス、グルダなどという名ベートーヴェン弾きも存在する
たまたま取り上げただけの録音では演奏家の枚挙に暇がないし、ポゴレリチのアプローチなども非常に質が高い
近年は新しいホープがなかなか生まれない状況なのかも知れないが、上記に挙げた人達がやり尽くしてしまった感もあり、録音もアナログからデジタルへの転換期ということもあって、特別な思い入れと情熱が感じられる時期の録音は、やはり今聴いていても充実感がある
その中でも、癖というものが全く無いし聴き飽きない、ベートーヴェンとの相性も抜群のアシュケナージは、必携必聴であると思う