アバド(Claudio Abbado 1933-2014)が1984年から1991年にかけてシカゴ交響楽団と録音したチャイコフスキー(Pyotr Ilyich Tchaikovsky 1840-1893)の交響曲全集のうち、いちばん最後の1991年に録音されたのが当アルバム。収録内容は以下の通り。
1) 交響曲 第1番 ト短調 op.13「冬の日の幻想」
2) バレエ組曲「くるみ割り人形」 op.71a
(小序曲、行進曲、金平糖の精の踊り、ロシアの踊り(トレパック)、アラビアの踊り、中国の踊り、葦笛の踊り、花のワルツ)
第1交響曲とくるみ割り人形という組み合わせは、なかなか洒落た味わいを醸し出す。楽曲として有名なのは圧倒的にくるみ割り人形で、しかもこの組曲は、誰もが知っている舞曲が6曲も続くのだけれど、若きチャイコフスキーのメロディ・メーカーとしての才能がいち早く示された第1交響曲の旋律美も素晴らしいものだし、この作品にはチャイコフスキーが終生関わったロシア民謡の引用も色濃いから、アルバムを通して聴いたときに、その鮮烈な情緒が心象に残るのである。しかもこれら両曲は、いずれも北国の冬の描写という標題性を宿しているから、そういった意味でも関連性が強い。
アバドがこの曲を録音したときは、すでに他のチャイコフスキーの5つの交響曲を録音した後だったから、表現もいずれもとても洗練されていて、とてもスマート。くるみ割り人形の舞曲など、インテンポでサクサクと進んでいくのだけれど、それでいて情緒が香るので、とても清廉な美観が漂っているのだ。
管弦楽の機能美も見事で、どの瞬間も濁りがなく、音の拡縮もとても直線的でシャープな肌合い。そのことが洗練を感じさせ、チャイコフスキーの土俗性を中和するのだ。逆に言うと、人によってはそこに物足りなさを感じるのかもしれない。チャイコフスキーにしては、全般にフラットな印象というところはあるだろう。
第1交響曲は、「霧の土地」の副題をもつ第2楽章の瑞々しい旋律美が、とてもクリアに表現されているところが、いかにもアバドの解釈であると感じさせる。透明なノスタルジーを湛えたカンタービレに「優しさ」という感情を受け取る様に思うのは、私だけではないだろう。その一方で、両端楽章の前進する力に満ちた輝かしい表現もまた好ましいもの。
チャイコフスキー特有の土臭さのようなものが抜けすぎているというところもあるけれど、現代の洗練を感じさせる解釈として、一つの模範像を示した演奏だと思う。録音も優秀。