グールドのベートーヴェンはトンデモ演奏というイメージが強く、個人的には敬遠していたのですが、これは・・・凄い演奏です。
超難曲であり、同時に怪曲でもある第29番「ハンマークラヴィーア」ですが、長い間、私には良さが分かりませんでした。他の後期ソナタは好きな曲ばかりなのですが。理由は自分でもよく分からないのですが、おそらく作品のスケールがあまりにも大きすぎて、なかなか全体像が把握できなかったためだと思います。
そんな折に、某サイトでグールドのハンマークラヴィーアがスゴイという話を目にして、おそるおそるCDを手にとってみたのですが・・・いや、もう何というか、目からウロコ、です。探し求めていた答えをグールドに提示された気がしました。
特に衝撃的だったのは第四楽章のフーガです。この楽章は「Allegro risoluto」(速く、決然と)という速度記号がついており、現代のピアニストは「いかに速く、いかに正確に弾けるか」を競い合っているような印象を受けます。ポリーニ、エル=バシャ、岡田博美など。しかし、この楽章は異様に複雑なパッセージが多く、速く弾こうとするとボロが出やすいのです。
ところが、グールドはベートーヴェンの意図に反して遅めのテンポを採り、ゆったりと演奏していきます。速さは二の次で、いかに正確に、いかに対位法の面白さを伝えるか、それがグールドの狙いです。まるで、複雑に絡み合っている糸がスルスルと解きほぐれていくような、そんな印象を受けます。そのようにして、グールドによって再構築されたハンマークラヴィーアは、全く別の曲に聴こえます。個人的には、31番のフーガに匹敵する感銘を受けました。
放送用ライブということで音が悪いのが残念ですが、演奏の凄まじさはそれを補って余りあるほどです。「グールドのベートーヴェンはちょっと・・・」という人も、是非一度聴いてみて下さい。