勝プロ時代の座頭市は、大映時代からさらに磨きがかかったかのように先鋭的な演出が突出したシリーズで、中でもジャパニーズ・ニューシネマとでもいえる出色の出来となっているのが、勝新自らメガホンを取った『新座頭市物語・折れた杖』('72)と、三隅研次監督による本作『座頭市あばれ火祭り』('70)である。
特に本作は、勝プロでの伝説となる「子連れ狼」シリーズの第一作『子連れ狼・子を貸し腕貸しつかまつる』('72)に先んじて三隅研次が勝プロでメガホンを取った作品として、その後の「子連れ狼」シリーズで炸裂する前衛的な演出の萌芽が見て取れる貴重な作品である。大映時代に、三隅演出の開花のきっかけとなった『剣鬼』('65)と「子連れ狼」シリーズをつなぐ作品として注目の逸品である。
三隅監督が、多くの作品でタッグを組んだ名手・牧浦キャメラマンではなく、本作に限っては名匠・宮川一夫と組んでいるのも注目。
関八州を支配下に治める「闇公方」と座頭市の対決を描く、シリーズ第21作。裏社会のドン「闇公方」を演じる森雅之の凄みのある演技もいいが、本作の見どころは仲代達矢演じるニヒルな浪人である。淫蕩な妻に愛憎の念を滾らせ、たまたま関わりをもってしまった市に執拗にからんでくる死神のような不気味さは、サイドエピソードながら、本作の他のキャラクターを食ってしまう圧倒的な存在感がある。
仲代が酒におぼれながら幻視する、妻の浮気のシーンのアヴァンギャルドな演出や、風呂屋でのコミカルな立ち回り(しかし流血あり)、そして三隅演出の真骨頂「斬りたくない相手と対峙する」哀しみの対決が、野に咲く可憐な花ごしにリリカルに描かれるラストの殺陣も必見。
本作中でも筆者が唸ったシーンは、中盤、橋の上で勝新と仲代がすれ違うシーン。ここは、今ではほとんど使われなくなった「擬似夜景」で撮影されている。これは、アメリカ映画がかつてよく使った手法で、撮影のスケジュールや照明機材のコストなどを削減するために、昼間にカメラのレンズにフィルターをかけて、夜のような暗い画面にして撮影する手法である。「Day for Night」と言い、トリュフォーの『アメリカの夜』という映画のタイトルにもなっている。
で、この橋のシーンで、市とすれ違った浪人(仲代)の気迫に市に緊張が奔るのだが、ほとんど影のように真っ黒くつぶれた仲代の顔の、片目だけがギョロリと光を放っていて、その鬼気迫る映像にぞくり、としたのが忘れられない。勝新と仲代が切り結ぶたびにきらりと放つ剣の光の美しさも無類である。
一流のキャメラマンが撮ったB級作ほど面白いものはない、というのが筆者の持論なのだが、まさにこのシーンは、世界のミヤガワがB級映画的手法である「擬似夜景」を使って、リアルなナイトシーンでも創り出せないような映像を生み出してしまった、これぞエンタメ映画の醍醐味、なのだ。
クライマックスの、闇公方一味との大立ち回りももちろん見どころだが、筆者一番のお気に入りが上記のシーンなのである。
まさに、映像美学を追求する三隅研次と宮川一夫のコラボが大輪の華を咲かせた瞬間、ほかのコンビでは成し得なかった映像だと信じてやまない。
ヒロイン演じる大原麗子の美しさも眼福(笑)。ラストで、ほんの一瞬の脇役出演ながら、実にいい味を出している田中邦衛の百姓の演技も心に残る、座頭市名エピソード。廉価版で手に入るようになったのは嬉しい。