現在の日本の仏教は、全体としては日本仏教としてまとまってはいるが、それ以上に宗門宗派別になっている。
日本の空海、日蓮、親鸞、法然などの宗派の開祖は偉大だが、仏教のもとはお釈迦様。
日本人としては、仏教を継承し、発展させているのだから、お釈迦様に対する理解が重要に思う。
日本映画界が巨費をかけて、総力を結集して製作した超大作を、日本の若者はぜひ鑑賞してほしい。
古い映画をDVDやブルーレイで、今でも低価格で鑑賞できるのは、日本の映像技術なのだから・・・・
釈迦 [VHS]
安心・安全への取り組み
お客様情報の保護
安心・安全への取り組み
Amazonは安心・安全のために取り組んでいます。ストレスや不安なくお買い物いただくため、商品の返品対応やカスタマーサポート、信頼性のあるカスタマレビューのための健全なコミュニティの運営、お客様のプライバシーの保護などに取り組んでいます。また配送、梱包、製品、物流拠点などさまざまな面で、サステナブルな未来への取り組みを進めています。 詳細はこちら
お客様情報を保護しています
Amazonはお客様のセキュリティとプライバシーの保護に全力で取り組んでいます。Amazonの支払いセキュリティシステムは、送信中にお客様の情報を暗号化します。お客様のクレジットカード情報を出品者と共有することはありません。また、お客様の情報を他者に販売することはありません。 詳細はこちら
商品の説明
レビュー
仏教の開祖、釈迦を空前の巨費と雄大な構想の元に描いた奇跡とロマンの大ドラマが低価格で登場。
-- 内容(「VIDEO INSIDER JAPAN」データベースより)
製作: 永田雅一
監督: 三隅研次
脚本: 八尋不二
撮影: 今井ひろし
音楽: 伊福部昭
特撮撮影: 的場徹/牧浦地志
出演: 本郷功次郎/チェリト・ソリス/勝新太郎/川崎敬三/市川雷蔵/山本富士子/中村玉緒/京マチ子/中村鴈次郎/山田五十鈴/杉村春子/滝沢修
-- 内容(「CDジャーナル」データベースより)
登録情報
- メーカーにより製造中止になりました : いいえ
- 梱包サイズ : 19 x 11.2 x 3.2 cm; 408.23 g
- 監督 : 三隅研次
- 発売日 : 1994/12/9
- 出演 : 市川雷蔵
- 販売元 : 大映
- ASIN : B00005GE9J
- ディスク枚数 : 1
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,816,202位家電&カメラ (家電&カメラの売れ筋ランキングを見る)
- - 1,690位ビデオテープ(VHS)
- カスタマーレビュー:
カスタマーレビュー
星5つ中4つ
5つのうち4つ
全体的な星の数と星別のパーセンテージの内訳を計算するにあたり、単純平均は使用されていません。当システムでは、レビューがどの程度新しいか、レビュー担当者がAmazonで購入したかどうかなど、特定の要素をより重視しています。 詳細はこちら
110グローバルレーティング
虚偽のレビューは一切容認しません
私たちの目標は、すべてのレビューを信頼性の高い、有益なものにすることです。だからこそ、私たちはテクノロジーと人間の調査員の両方を活用して、お客様が偽のレビューを見る前にブロックしています。 詳細はこちら
コミュニティガイドラインに違反するAmazonアカウントはブロックされます。また、レビューを購入した出品者をブロックし、そのようなレビューを投稿した当事者に対して法的措置を取ります。 報告方法について学ぶ
イメージ付きのレビュー
5 星
大映の黄金期の傑作。
「仏陀」の生涯を描いた、大映の傑作です。公開当時、TVでの宣伝をよくやっておりました。スケールの大きさ、特撮の見ごたえも充分あり、セットの大きさにも目を見張るものがあります。内容も様々な「仏教」のエピソードを取り上げており、「仏教」の教えを映像を通して理解することが出来ると思います。また、出演者もそうそうたる方々がおられ、作品に対する大映の力の入れようが感じられます。「菩提樹の下での仏陀」のシーンでの伊福部 昭氏の音楽は非常に印象に残りました。あの氏独特のダイナミックなリズムと神秘的なメロディーが生み出す幻想的なシーンは引き込まれてしまいました。ただ、唯一残念なのは、「仏陀」の直接的な「教え」を説くシーンが少ないことです。それぞれのエピソードで考えさせるというのがチョットという感じがしました。
フィードバックをお寄せいただきありがとうございます
申し訳ありませんが、エラーが発生しました
申し訳ありませんが、レビューを読み込めませんでした
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2019年8月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2023年9月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
二時間半の大作だが、まったく飽きずに最後まで一気見してしまった。
宇宙的な真理を描いていることを期待していたが、あくまで人間的な生き方を描いているだけだったのがちょっと残念。
キリスト的キセキや神通力を描いてしまう点がリアリティを損なってはいるが、これは時代的なものなのでしょう。
そうしたちょっと惜しい点はあるものの、公開から60年以上を経たいま初めて観た人間にとっても、映画としては面白かった。
宇宙的な真理を描いていることを期待していたが、あくまで人間的な生き方を描いているだけだったのがちょっと残念。
キリスト的キセキや神通力を描いてしまう点がリアリティを損なってはいるが、これは時代的なものなのでしょう。
そうしたちょっと惜しい点はあるものの、公開から60年以上を経たいま初めて観た人間にとっても、映画としては面白かった。
2020年5月31日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
「仏陀」の生涯を描いた、大映の傑作です。公開当時、TVでの宣伝をよくやっておりました。スケールの大きさ、特撮の見ごたえも充分あり、セットの大きさにも目を見張るものがあります。内容も様々な「仏教」のエピソードを取り上げており、「仏教」の教えを映像を通して理解することが出来ると思います。また、出演者もそうそうたる方々がおられ、作品に対する大映の力の入れようが感じられます。「菩提樹の下での仏陀」のシーンでの伊福部 昭氏の音楽は非常に印象に残りました。あの氏独特のダイナミックなリズムと神秘的なメロディーが生み出す幻想的なシーンは引き込まれてしまいました。ただ、唯一残念なのは、「仏陀」の直接的な「教え」を説くシーンが少ないことです。それぞれのエピソードで考えさせるというのがチョットという感じがしました。
「仏陀」の生涯を描いた、大映の傑作です。公開当時、TVでの宣伝をよくやっておりました。スケールの大きさ、特撮の見ごたえも充分あり、セットの大きさにも目を見張るものがあります。内容も様々な「仏教」のエピソードを取り上げており、「仏教」の教えを映像を通して理解することが出来ると思います。また、出演者もそうそうたる方々がおられ、作品に対する大映の力の入れようが感じられます。「菩提樹の下での仏陀」のシーンでの伊福部 昭氏の音楽は非常に印象に残りました。あの氏独特のダイナミックなリズムと神秘的なメロディーが生み出す幻想的なシーンは引き込まれてしまいました。ただ、唯一残念なのは、「仏陀」の直接的な「教え」を説くシーンが少ないことです。それぞれのエピソードで考えさせるというのがチョットという感じがしました。
このレビューの画像
2020年9月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
伝記物ではなくあくまでも娯楽大作です。
出演者も演出も全てにおいてスケールが大きいですね。特に女優さんたちが皆さん美しい。モブシーンを多用し観る側を圧倒する演出も大作主義の時代ならではと思います。
が・・・釈迦本人の描き方が「?」な感が否めない。生まれた場所も史実と違えば、妃のヤショーダラーが自害してしまうのも作り話。いくらドラマ性を持たせて話を面白くするためとはいえ、そこまでの嘘はいかんと思います。また、悟りを得るまでの過程があまりに簡略化され過ぎ。せめて苦行に見切りを付け中道へ至る事くらいまでは描いて欲しかった。そしてなんといっても、釈迦のお話は全体の1/3で終わり。後の2/3は諸々豪華スターたちによる人間模様。所々で一応お釈迦様も出てくるには出てくるが、いっつも後光が差していてお顔やお着物の詳細は全く見えない。
要するに後半は「お釈迦様の御教え」を多くの登場人物によってドラマチックに描いているのである。ここが当時の大衆に受け入れられてヒットした所以の重要なポイントなのかも知れない。
この映画が公開されたちょっと前、洋画では「ベン・ハー」が大ヒットした。「ベン・ハー」にはイエス・キリストが登場していたが、主人公はイエスではなくベン・ハーというユダヤ貴族の青年。イエスはあくまでも脇役、最終的にはキリスト賛美の結末である。
この「釈迦」にも娯楽性を織り交ぜた宗教色は多分にあり、仏法に帰依していく群像劇こそが主題なのだろう。その点でお釈迦様は「脇役」とも言える。
もう一つ苦言を言わせてもらえれば、ラストの釈迦入滅。天神とともに昇天していくかの如き表現は・・・「ええ〜〜〜〜??」でした。
お釈迦様はキリストではありません。神などでは決してなく、悟りを得た者=仏陀なのです。でもまあ、それも豪華なクライマックスには必要だったんでしょうか。
あと、ダイバダッタ役の勝新は、なかなか良かったですよ〜。
出演者も演出も全てにおいてスケールが大きいですね。特に女優さんたちが皆さん美しい。モブシーンを多用し観る側を圧倒する演出も大作主義の時代ならではと思います。
が・・・釈迦本人の描き方が「?」な感が否めない。生まれた場所も史実と違えば、妃のヤショーダラーが自害してしまうのも作り話。いくらドラマ性を持たせて話を面白くするためとはいえ、そこまでの嘘はいかんと思います。また、悟りを得るまでの過程があまりに簡略化され過ぎ。せめて苦行に見切りを付け中道へ至る事くらいまでは描いて欲しかった。そしてなんといっても、釈迦のお話は全体の1/3で終わり。後の2/3は諸々豪華スターたちによる人間模様。所々で一応お釈迦様も出てくるには出てくるが、いっつも後光が差していてお顔やお着物の詳細は全く見えない。
要するに後半は「お釈迦様の御教え」を多くの登場人物によってドラマチックに描いているのである。ここが当時の大衆に受け入れられてヒットした所以の重要なポイントなのかも知れない。
この映画が公開されたちょっと前、洋画では「ベン・ハー」が大ヒットした。「ベン・ハー」にはイエス・キリストが登場していたが、主人公はイエスではなくベン・ハーというユダヤ貴族の青年。イエスはあくまでも脇役、最終的にはキリスト賛美の結末である。
この「釈迦」にも娯楽性を織り交ぜた宗教色は多分にあり、仏法に帰依していく群像劇こそが主題なのだろう。その点でお釈迦様は「脇役」とも言える。
もう一つ苦言を言わせてもらえれば、ラストの釈迦入滅。天神とともに昇天していくかの如き表現は・・・「ええ〜〜〜〜??」でした。
お釈迦様はキリストではありません。神などでは決してなく、悟りを得た者=仏陀なのです。でもまあ、それも豪華なクライマックスには必要だったんでしょうか。
あと、ダイバダッタ役の勝新は、なかなか良かったですよ〜。
2019年10月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
昔VHSで見ました。今みても新鮮です。
2023年12月23日に日本でレビュー済み
『釈迦』('61)
出演∶市川雷蔵、勝新太郎、本郷功次郎、川口浩、川崎敬三、小林勝彦、三田村元、丹羽又三郎、島田竜三、鶴見丈二、大辻伺郎、北原義郎、根上淳、千田是也、東野英治郎、見明凡太朗、滝沢修、中村鴈治郎、市川壽海、京マチ子、中村玉緒、チェリト・ソリス、叶順子、山本富士子、山田五十鈴、月丘夢路、北林谷栄、細川ちか子、杉村春子
ヤショダラーの声:前田敏子(クレジットなし)
監督:三隅 研次
映画ファンになってから数十年、恥ずかしながら『釈迦』というこの映画の存在は最近までまったく知らなかった。かつて隆盛を極めたが、とっくになくなった映画会社·大映の製作作品だからだろうか。旧作などのコンテンツやTV部門の作品で、"大映"の名は存続してるが……。(大映映画がなくなったあとも、大映テレビは、山口百恵らの「赤いシリーズ」や『スクール☆ウォーズ』、あの名(迷)作『スチュワーデス物語』で存在感を誇示(?)してました)
この『釈迦』という映画、なんと日本初の70mm大作だそうだ。当時のオールスター·キャストで、多くの主役級スターを惜しげもなく脇役に使っているし、CGのない時代なので、オープンセットに巨大な建造物を作って盛大に破壊してくれます。古代インドが舞台なので、石造りの建造物や巨大な像、エキゾチックできらびやかな衣装などは、ハリウッド製スペクタクル史劇を彷彿とさせ、日本映画じゃないみたいだ。
豪華なセットと華麗な衣装をこれ見よがしに撮るあまり、(小道具も含めて)使用感がなくて、芝居っぽさが目立ちすぎるのが欠点と言える。だが、寓話的·教訓的な各エピソードには、そのリアリティのなさが、かえって似合ってると言えなくもない。モーゼを主役にした『十戒』、キリストの生誕や死、復活を背景にした『聖衣』『ベン·ハー』などハリウッド大作の向こうを張って、アジアに求めた題材が、仏陀の生涯だったということか。日本では二度と作れないであろう超大作だ。
[物語] 紀元前5世紀のインド。釈迦族の王子·シッダ太子が誕生する。20年後、シッダ太子(本郷)は、たぐい稀な美貌を持つヤショダラー姫(ソリス)の婿の座を巡る武芸大会に姫の希望で出場し、姫に邪欲を抱く従兄のダイバ·ダッタ(勝)を打ち負かして結婚する。だが、自分の恵まれた境遇と、身分差別がはびこる現世に疑問を抱いたシッダは、単身旅に出て出家してしまう。
シッダを想って嘆き暮らすヤショダラーだったが、彼女に邪な欲望を抱くダイバは、屋敷に押入り、ヤショダラーを犯す。彼女は自害し、ダイバは一族から追放される。放浪の旅を続けるシッダは、菩提樹の下で長い年月の瞑想の行に入る。森の魔物たちの妨害や誘惑にも動じないシッダは、村の女ヤサ❲その正体は帝釈天❳(京)の助けもあり、ついに悟りを開き「仏陀」となった。やがて、仏陀の許には全国から教えを乞う人々が集まり、ウパリ(川崎)、アナン(小林)らが信徒となる。
父王の妃である義母タクシラー(月丘)の誘惑を退けたため、怒りを買って目を潰され追放されたクナラ王子(市川)も、妻ウシャナ(山本)とともに、仏陀を訪れ帰依する。やがて、その厚い信仰は、クナラに奇跡をもたらすのであった。一方、シッダを憎むダイバは、仏陀を倒すため、シュラダ行者(東野)の下で修行し、神通力を身につける。ダイバは、マガダ国のアジャセ王子(川口)に取り入り、バラモン教の大神殿を建造して仏教徒を迫害し処刑を行い、仏陀との対決姿勢見せてゆく……。
ハリウッドに負けない超大作を作ろうという気概が、随所に汲み取れる(日本映画としては)空前の大作だ。太平洋戦争後わずか十数年で、ここまでのものを作ってみせたのは凄い。戦後、日本の近代化を世界に知らしめるために、東京オリンピックが開催されたのは'64年。それに集まる外国人に誇示するための新幹線や首都高速が開通したのも同年。それに3年先駆ける'61年に、この映画を作っていたとは驚きだ。(かなりマネっぽい場面も目立つが……)
シッダが誕生して「天上天下唯我独尊」と呟くイントロは、キリストが馬小屋で生まれるところから始まる『ベン·ハー』のマネ……いやオマージュか? 厚い信仰がもたらす奇跡なども『ベン·ハー』にあったなぁ。巨大神殿建設のために、多くの人夫が巨石を引くあたりの描写は『十戒』。神殿崩壊のスペクタクルは、『サムソンとデリラ』のクライマックス·シーンを思い出させます。
宗教映画としての側面もあるが、長い上映時間を飽きさせないための娯楽性·ドラマ性と、歴史的事実とがチグハグになり、底が浅い印象になってしまうのは致し方ないか。日本は、クリスマスでもハロウィンでも聖バレンタイン·デーでも、お祭りごとに繋がれば何でもOKの国だし……。この『釈迦』の映画企画も、製作中から敬虔な仏教国から抗議があったらしく、完成後もセイロン(現スリランカ)やビルマ(現ミャンマー)では上映禁止になったとか。
長い年月に渡る物語であり、日本人には予備知識として、インドのこの時代の歴史をちゃんと知っている人は少ない。数多くの挿話を串刺しに連ねた構成になり、各エピソードごとに新しい人物が入れ替わりに登場する。しかしながら、話が替わるたびに新キャラたちの身分·立ち位置·関係性を端的に理解させて、見る者がすんなり物語世界に入れるようになっている脚本は、娯楽映画としては上々だろう。
出演∶市川雷蔵、勝新太郎、本郷功次郎、川口浩、川崎敬三、小林勝彦、三田村元、丹羽又三郎、島田竜三、鶴見丈二、大辻伺郎、北原義郎、根上淳、千田是也、東野英治郎、見明凡太朗、滝沢修、中村鴈治郎、市川壽海、京マチ子、中村玉緒、チェリト・ソリス、叶順子、山本富士子、山田五十鈴、月丘夢路、北林谷栄、細川ちか子、杉村春子
ヤショダラーの声:前田敏子(クレジットなし)
監督:三隅 研次
映画ファンになってから数十年、恥ずかしながら『釈迦』というこの映画の存在は最近までまったく知らなかった。かつて隆盛を極めたが、とっくになくなった映画会社·大映の製作作品だからだろうか。旧作などのコンテンツやTV部門の作品で、"大映"の名は存続してるが……。(大映映画がなくなったあとも、大映テレビは、山口百恵らの「赤いシリーズ」や『スクール☆ウォーズ』、あの名(迷)作『スチュワーデス物語』で存在感を誇示(?)してました)
この『釈迦』という映画、なんと日本初の70mm大作だそうだ。当時のオールスター·キャストで、多くの主役級スターを惜しげもなく脇役に使っているし、CGのない時代なので、オープンセットに巨大な建造物を作って盛大に破壊してくれます。古代インドが舞台なので、石造りの建造物や巨大な像、エキゾチックできらびやかな衣装などは、ハリウッド製スペクタクル史劇を彷彿とさせ、日本映画じゃないみたいだ。
豪華なセットと華麗な衣装をこれ見よがしに撮るあまり、(小道具も含めて)使用感がなくて、芝居っぽさが目立ちすぎるのが欠点と言える。だが、寓話的·教訓的な各エピソードには、そのリアリティのなさが、かえって似合ってると言えなくもない。モーゼを主役にした『十戒』、キリストの生誕や死、復活を背景にした『聖衣』『ベン·ハー』などハリウッド大作の向こうを張って、アジアに求めた題材が、仏陀の生涯だったということか。日本では二度と作れないであろう超大作だ。
[物語] 紀元前5世紀のインド。釈迦族の王子·シッダ太子が誕生する。20年後、シッダ太子(本郷)は、たぐい稀な美貌を持つヤショダラー姫(ソリス)の婿の座を巡る武芸大会に姫の希望で出場し、姫に邪欲を抱く従兄のダイバ·ダッタ(勝)を打ち負かして結婚する。だが、自分の恵まれた境遇と、身分差別がはびこる現世に疑問を抱いたシッダは、単身旅に出て出家してしまう。
シッダを想って嘆き暮らすヤショダラーだったが、彼女に邪な欲望を抱くダイバは、屋敷に押入り、ヤショダラーを犯す。彼女は自害し、ダイバは一族から追放される。放浪の旅を続けるシッダは、菩提樹の下で長い年月の瞑想の行に入る。森の魔物たちの妨害や誘惑にも動じないシッダは、村の女ヤサ❲その正体は帝釈天❳(京)の助けもあり、ついに悟りを開き「仏陀」となった。やがて、仏陀の許には全国から教えを乞う人々が集まり、ウパリ(川崎)、アナン(小林)らが信徒となる。
父王の妃である義母タクシラー(月丘)の誘惑を退けたため、怒りを買って目を潰され追放されたクナラ王子(市川)も、妻ウシャナ(山本)とともに、仏陀を訪れ帰依する。やがて、その厚い信仰は、クナラに奇跡をもたらすのであった。一方、シッダを憎むダイバは、仏陀を倒すため、シュラダ行者(東野)の下で修行し、神通力を身につける。ダイバは、マガダ国のアジャセ王子(川口)に取り入り、バラモン教の大神殿を建造して仏教徒を迫害し処刑を行い、仏陀との対決姿勢見せてゆく……。
ハリウッドに負けない超大作を作ろうという気概が、随所に汲み取れる(日本映画としては)空前の大作だ。太平洋戦争後わずか十数年で、ここまでのものを作ってみせたのは凄い。戦後、日本の近代化を世界に知らしめるために、東京オリンピックが開催されたのは'64年。それに集まる外国人に誇示するための新幹線や首都高速が開通したのも同年。それに3年先駆ける'61年に、この映画を作っていたとは驚きだ。(かなりマネっぽい場面も目立つが……)
シッダが誕生して「天上天下唯我独尊」と呟くイントロは、キリストが馬小屋で生まれるところから始まる『ベン·ハー』のマネ……いやオマージュか? 厚い信仰がもたらす奇跡なども『ベン·ハー』にあったなぁ。巨大神殿建設のために、多くの人夫が巨石を引くあたりの描写は『十戒』。神殿崩壊のスペクタクルは、『サムソンとデリラ』のクライマックス·シーンを思い出させます。
宗教映画としての側面もあるが、長い上映時間を飽きさせないための娯楽性·ドラマ性と、歴史的事実とがチグハグになり、底が浅い印象になってしまうのは致し方ないか。日本は、クリスマスでもハロウィンでも聖バレンタイン·デーでも、お祭りごとに繋がれば何でもOKの国だし……。この『釈迦』の映画企画も、製作中から敬虔な仏教国から抗議があったらしく、完成後もセイロン(現スリランカ)やビルマ(現ミャンマー)では上映禁止になったとか。
長い年月に渡る物語であり、日本人には予備知識として、インドのこの時代の歴史をちゃんと知っている人は少ない。数多くの挿話を串刺しに連ねた構成になり、各エピソードごとに新しい人物が入れ替わりに登場する。しかしながら、話が替わるたびに新キャラたちの身分·立ち位置·関係性を端的に理解させて、見る者がすんなり物語世界に入れるようになっている脚本は、娯楽映画としては上々だろう。
2016年11月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
少し違うのではないかと思いますね。また日本人が演じているので余計その様に感じてしまうのかも知れませんが。 日本誕生と一緒に購入したのですが2度と見る事はないと思い相応の金額を差し引いての返金と成りますが返品しました。
2015年12月11日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
これがお釈迦様の話でなく単なる映画であれば、スターの競演や大がかりなセットなど、十分に楽しめた。が、お釈迦様を題材にしておきながら、伝承を無視し身勝手な改変をむやみに加えるのはどうかと思う。ましてや、お釈迦様のお妃をレイプして自害に追い込むなど、製作陣の人間性を疑う。
宗教をさほど重く考えない時代だったのかもしれないが、多くの人が大切にしているものを踏みにじる行為は、時代を問わず許されないだろう。
宗教をさほど重く考えない時代だったのかもしれないが、多くの人が大切にしているものを踏みにじる行為は、時代を問わず許されないだろう。