>戦後の記録を見ると、フルトヴェングラーは異常に頻繁に「合唱」を振っているのが判る。
異常に頻繁というほどではない。戦後の資料(オーケストラに関係なく指揮した全ての回数)によれば、総計35回。《運命》は72回も振っている。「ブラ1」は45回。
>これまでは、彼がこの曲を好んでいたからだと考えていたし、一般の理解も、彼の考えと
>「合唱」の精神は合致するから何回も指揮したのだ、ということになっていた。
それは書き手の思い込み。でも、まあ先に行こう。考え方は人それぞれ。
>では、なぜ、ヒトラーの誕生日に「合唱」が何度も繰り返し演奏されて来たのだろう。
フルトヴェングラーは、さんざん口実を構えては逃げていた。ヒトラー生誕祭で指揮したことはやむを得ない1回だけだ。《カラヤンとフルトヴェングラー》幻冬舎新書も読んでいないのか?
>皆さんも考えて下さい。ここにいるのは、人類愛にあふれた、人間性に富んだ指揮者では
>ありません。自分の理想と歴史と言う現実に押しつぶされそうになりながら、もがき、苦しみ、
>抗う、一個の人間、、、ではありませんか。
どういう思考回路で言っているのか解らない。結局、何が言いたい? フルトヴェングラーが人類愛にあふれていたかは知らないが、人間らしいことは確かだ。フルトヴェングラーの「自分の理想」とは何だ? 「歴史と言う現実」というのは意味不明な日本語だな。
>フルトヴェングラーは理想の指揮者などではありませんでした(理想はクライバーの父とフリッツ・ブッシュ)。
自分の理想を勝手に万人の理想にするな。エーリヒ・クライバーとブッシュは確かにいい指揮者だ。だが戦後のドイツでは、フルトヴェングラーほどには歓迎されなかった。一般民衆は、「あの暗黒の時期に我々と運命を共にしてくれた」という気持ちから、後者にいっそう親近感を持った、と考えられる。(《フルトヴェングラー》岩波新書)
>彼の指揮はめちゃくちゃで、ベルリンフィルは「我々は、あの悪夢に耐えたのです」とこぼしています。
「めちゃくちゃ」とか「悪夢に耐えた」とか、このような意見は非常に少数だっただろう。特に「悪夢に耐えた」というのは初耳情報だ。どういう資料を読んだのか?
これまでの証言はこうだ。
「フルトヴェングラーの『指揮法』がどうのこうの、そんなバカな事いうのは日本だけですよ。彼は音楽をもってそこに立ってるだけなんだ。棒の振り方がどうのなんていうのは素人ですよ」
「フルトヴェングラーの演奏中、指揮台上には全く音楽に陶酔し切った人がまさに立っている。それで楽員はインスパイアされるんです。銘器と言われたベルリン・フィルだって、全員が名人揃いだったわけじゃない。しかしフルトヴェングラーの指揮だと自分の力以上の事をやる。そこには信頼の絆があった。その絆が全員と1対1で結ばれている、いわば100本の絆ですよ」(以上、近衞秀麿)
「長身痩躯だったフルトヴェングラーが、指揮棒をもってステージに姿を現わすと、オーケストラ・メンバーはその瞬間、全員が心からの尊敬をもって起立して迎える。その光景は何度見てもすがすがしいもので、思わず客席のこちらも心が引き締まってくる。そして演奏者も聴衆もこれから始まる音楽に精神が集中される。その強度な集中の中心にフルトヴェングラーは立っているのだが、そこに流れているものは、音楽そのものであり、他のいかなる雑念も存在する余地はなかった」(諸井三郎、これまで《フルトヴェングラー》河出書房新社より)
これを覆す資料を紹介してもらいたい。
>正しい指揮法を身に着けていないのを補うため、彼は深夜までスコアの研究の没頭しました、常に
>睡眠不足で、自己不全感に悩み、風邪をひきやすく、強いペニシリンに頼りました。
フルトヴェングラーが「深夜までスコアの研究に没頭」というのは、どのような証言があるのか。仮にあったとして、それが「正しい指揮法を身に着けていないのを補うため」などとどうして言えるのか? フルトヴェングラーはその気になれば明快な打拍ができたが、わざといつもはそうしなかったということを知らないのか? 何かをまっとうに論じるなら、もっと周辺の本を読め!
フルトヴェングラーは不眠症だった。だからいろいろな策(ベジタリアンになるとか)を講じたことは妻が証言している(《人間フルトヴェングラー》朝日文庫)。
だが、「自己不全感に悩み」、「強いペニシリンに頼」ったとはどこからの情報か。読んだことも聞いたこともない。
最後は風邪をこじらせ肺炎で死んだが、フルトヴェングラーは常に体調が優れていたわけではなくとも、特に「風邪をひきやすく」というのはこれも聞いたことがない。根拠を教えてもらいたい。
>そして、聴衆は彼が指揮台の上で、もがき、のたうち、苦しむのを、楽しんだのです。彼が振ると
>チケットはすぐに完売、コンサート会場は満員の観客で溢れました。
書き手はタイムマシンにでも乗って、半世紀以上前のドイツに行ったのか? 初耳なことばかりで困惑する。断言するからには資料出典を明記すべき。「もがき、のたうち、苦しむのを、楽しんだのです」というのは壮絶だなあ。こんなことを聞いたこともない。事実でないとしたら書き手の相当な妄想だ。
>おそらく、聴衆から「ブラボー」を受ける時だけが、彼が苦しみから逃れられる唯一に時間だったの
>でしょう。この録音は指揮者の苦悶の記録なのです。
ここはどうやら個人的意見のようだ。かなりバカバカしいが、先に行こう。
>なぜなら、いつまでたっても、何も、何一つ、解決しないからなのです。責任の放棄、情報の隠蔽、
>富の正しい分配、権力者の腐敗、文化の堕落、文明の崩壊、理想の実現、キリストもアラーも
>マルクスもリンカーンも、誰も解決など出来はしない、出来なかった。
これも個人的意見のようだからパス。わか国では、言論の自由も信条の自由も保証されている。
>ただ、しかし、一度だけ、たった一度、あの、チョビ髯の男なら解決してくれる、と夢を見た
誰が? 何を? それに、なんだか文章が変に途切れているな。
こんな芸能人のゴシップみたいな文章をここに投稿する阿呆がいるとは思わなかった。新説かと思いきや、出典もなく、根拠とする資料も何一つ附記されていない。このレビューの投稿者に言っておくが、ここはクラシックCDのレビュー欄だ。アイドルのスキャンダル報道に対して、妄想で歪んだ書き込みをするような勘違いをするな。
一般的な聴き手の誰もが、このような論者の相手にならずに笑ってスルーしているのだろうが、この狂人に等しい投稿者の意図はまったく不明。途中の、
「なぜなら、いつまでたっても、何も、何一つ、解決しないからなのです。責任の放棄、情報の隠蔽、富の正しい分配、権力者の腐敗、文化の堕落、文明の崩壊、理想の実現、キリストもアラーもマルクスもリンカーンも、誰も解決など出来はしない、出来なかった」
のあたりは、相当に書き手が精神的にかなり鬱屈していることと、社会悪や矛盾を嘆き、憎んでいるつもりの青臭い自己陶酔が見事に出ていたけど、痛過ぎてあまりに笑えないなあ・・・。
せめて言っとくが、ここで現実の世間社会の矛盾への嘆きを書き連ねるな。自分の思い通りにいかないのが、社会だし人生だ。常に正義が勝つわけでもない。そんなことは大人になれば誰もが承知している。
それから、人々に時空を超えて偉大とされ、敬意を払われる偶像を本気で引き倒したいのなら、もっともっと正確に調べなければ駄目だ。嘘や知ったかぶりは絶対にバレる。思い付きや思い込みばかりで、公に出す文章を書くなよ。恥をかくのは書き手だから。