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いかなるアーティストでも、キャリアの長い人であれば、若さとエネルギーに支えられた傑作と、ベテランになってからの円熟味を増した傑作があると思う。例えば、マイルス・デイヴィスであれば、Walkin‘とNefertiti、ジョン・コルトレーンならGiant StepsとLove Supremeがそうだろう。（もっとも死ぬまで前進をやめなかったマイルス・デイヴィスの場合、青年期と円熟期を区別することはできないかもしれないが。）村治佳織のCavatinaが彼女の若さに支えられていることは明らかだが、その魅力は、次第に円熟味を増している村治の近年の作品によってもまだ凌駕されるには至っていない。もしかすると、この若さ溢れるこの作品が村治佳織の最高傑作になるかもしれない。
どの演奏も若々しく新鮮。村治佳織の演奏をきくことによって曲にこびりついた垢を落とせるかもしれない。例えば、タイトル曲のCavatina。有名なこの曲が僕は好きではなかった。それは、この曲が映画『ディア・ハンター』のテーマ曲だったからである。『ディア・ハンター』とはどんな映画だっただろう。アメリカ人も殺害されたし、狂気に陥った。アメリカ人も被害者なのだから、米軍による虐殺や枯葉剤の使用については目を瞑ってほしいという手前勝手で危険なイデオロギーを伝える映画である。おかげで、この曲を聴くたびに、米兵に頭を撃ち抜かれ頭から血を噴き出して死ぬヴェトナム人や枯葉剤で汚染された土地で生まれた奇形児たちの姿が脳裏をよぎり、こびりついた垢を忘れてCavatinaという曲を聴くことは不可能だった。だが、村治佳織の若々しく新鮮な演奏はこの垢をすっかり落としている。映画『ディア・ハンター』に対する否定的な評価は変わらないが、村治佳織のおかげで、この曲を楽しむことができるようになった。
同じことが「マイ・フェイヴァリット・シングス」にも言えるだろう。この曲にまとわりつく「そうだ、京都に行こう」というテレビCMの言葉が村治佳織の演奏によって消されていく。
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