シャンティクリアは、アメリカのヴォーカル・アンサンブルで、ジャケットの写真にあるように男声12名のメンバーによるア・カペラで、幅広い合唱音楽をここで収録してありました。
このグループ名『シャンティクリア』は、中世英文学の古典であるチョーサー『カンタベリー物語』に登場してくる雄鶏「澄んだ声で(クリア)歌う(シャンティ)」に因んでいるそうです。
14世紀のアンドレア・ガブリエリ「12声のマニフィカト」はまさしく1人1パートで歌っていました。メンバーの並び方で音楽空間の立体感も浮かび上がってくるような演奏でしたし、ルネサンス期のオーランド・ギボンズ、トマス・タリスのポリフォニーは透明なハーモニーを堪能できます。現代のアメリカの合唱作品やポピュラーソングやジャズまで、演奏できるものはどんな音楽でも可能だというような幅広いレパートリーを演奏しています。
リヒャルト・シュトラウス「3つの男声合唱曲」の「愛の光」の歌唱の柔らかさは、シャンティクリアの「声のオーケストラ」と評されている特徴を具現化している演奏でしょう。ア・カペラですので、声だけで音楽を構築しますが、その奏でられるハーモニーの厚みと多彩さは、力でおすような男声合唱の概念やイメージを変えてくれるものでした。
個人的には、現代の男声合唱作品に惹かれました。
冒頭のスティーヴン・サミッツ「歌ったよ」は、リーフレットの解説には作曲年代が書かれていませんが、スティーヴン・サミッツが1954年生まれですから、当然そんなに以前の曲ではありません。ヴェルベットのようなという形容詞がありますが、完璧な音程で歌われる合唱の素晴らしさは、声楽ジャンルに関心の無い方でも唸ると思わせる完成度の高さを誇っていました。
アレン・シアラー「階段を降りる裸婦」は複雑なリズムの掛け合いが絶妙の効果を上げています。実力がないと演奏すら不可能な曲目でしょうが、声だけでこれだけ豊潤な世界を造り出せるのだという証明の様な演奏でした。
長らく音楽監督を務めていたジョゼフ・ジェニングス編曲の一つアーヴィング・バーリンの名曲「ブルー・スカイ」をクラシカルなアレンジで変化をつけています。解説によれば「トミー・ドーシィ・バンドの『バンド・ヴォーカル』セクションをシャンティクリア用に書き直した」そうです。ラストの金管アンサンブルの様な擬音は効果抜群です。この合唱集団の特性をよく捉えたアレンジは素晴らしいものがあります。
聴き慣れた「シェナンドウ」も少し和声に変化を付けていますので、新鮮な響きにひきこまれました。1分39秒から始まるハイパートのカウンター・テナーの声質の美しさにうっとりしました。少年合唱とは違う成熟した男声が発する高音の透明さはリスナーを魅了することでしょう。
ジョン・ラッター編曲「オー・ウェイリ、ウェイリ」も素晴らしい演奏でした。編曲がとても美しく、この曲の持つ敬虔で高貴な雰囲気を彩っています。敬虔なソロの歌唱を聴いていますと、クリスチャンでなくとも、思わずひざまずいて手を組むような気持ちになるほど、荘厳さも兼ね備えていました。
ビル・エヴァンス「レシフェへの旅」は、ジョゼフ・ジェニングスの編曲によるものです。声だけで、これだけ多彩で変化に富んだ演奏ができるわけで、卓越した実力と歌唱力のある集団だからなせる技でしょう。低音の重厚さや面白い擬音など、合唱があまり好きでない方にもお勧めできる演奏でした。
これを聴きながら、数年前にザ・シンフォニー・ホールでの彼らの来日公演を聴いた素晴らしい音楽体験を反芻しています。超絶技巧ともいうべきテクニックとアンサンブルを誇る合唱団だったのは間違いがありません。