このCDは最も感動的なピアノ演奏のひとつとして繰り返し聴いてきたものなのだが、何で今更レビューを書くのかというと
最近聴いて昔と同じ様に感激してしまったからである。これは紛れもなくオーケストラ演奏を越えている部分がある。
越えていると言うよりオケには出来ないものを実現していると言った方がいい。
ベートーベンがこの曲を着想し、オーケストレーションする前の全く個人的でインティメートな感興と思索の跡をまるで
作曲者自身が弾いているかの様に、多彩な音色を駆使して忠実にトレースしているからである。カツァリスは技巧は派手で
凄いが、チャラついた所があって好きにはなれないのだが、これは良い意味でカツァリスらしくない、ほとんど神がかったと
言いたくなる演奏なのである。事実他のピアノ版交響曲も聴いたがあまり感心しなかった。
何故かこの曲だけが素晴らしいのである。「田園」はオーケストラで聴いても芝居がかりやすい要素があって、分かり易い反面、
内面描写の難しい曲だが、ここでのカツァリスは作曲者の化身の如く雄弁に、時には呟きの様なレチタティーフでもって語りかけて
くる。この何かを乗り越えようともがく人間の率直な真実の声に私は涙を抑える事ができない。特に2楽章と嵐の情景が過ぎ去った
後からの演奏は手放しで絶賛したい気分である。
自然界の音がほとんど聞こえなくなってからの作曲者の寄る辺なき孤絶の心境を、全身的な共感をもって弾き出したこの演奏は
カツァリスの最も優れた名演の1つと断言できる。「田園」に関してはどんなオーケストラ演奏よりもこの方が好きである。