1作目「青いパパイアの香り」で、静かで瑞々しいベトナムの美しさを描いた監督が、
それとは全く異なる美意識を提示している。
貧困、汗、食、暴力、官能、愛・・・ざわめく雑踏の表と裏を見つめ、リアリティを追求した映像からは、
フランスで育った監督のベトナムへの強い思いが感じられる。
登場人物には名前ではなく「シクロ」「姉」「詩人」といった象徴的な言葉があてがわれている。
彼らは何も語らずに、映画の中で、ただただ生きている。
擦り切れた心に絶望した「詩人」を懸命に愛す「姉」。
その純粋さに脅えるように、いっそう陰をおとす「詩人」。
貧しさゆえに、裏社会に蝕まれる青年「シクロ」。
引き裂かれる痛みのすべてが、容赦なく体中に伝わってくる。
これは本当に感覚的な映画なのだ。
混沌とした街のにおい、暑さ、疲労。
そして例えば、フルーツをほおばる時の一瞬の無邪気さまでもが、自分自身の体に伝わる。
美しく、力強い作品。