原題:Mountains of the Moon, 1990, 米, オリジナルアスペクト比(もちろん劇場公開時比を指す)1.85:1 , 136分
実在した19世紀英国の探検家、リチャード・バートン(パトリック・バーギン)とジョン・スピーク(イエイン・グレン)。彼らの1850年代の東アフリカでの確執や訣別を、米国のラフェルソン監督(「ファイブ・イージー・ピーセス」「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(1981)等)が不器用ながら、控えめな情感をこめて描く。ウィリアム・ハリソンによる著書「Burton and Speke」を基にしている(監督と共同で脚色も)。動画頁へのレビュー。
1854年に2人はソマリア探検で出会い、そして大勢の現地人を従え1857年からナイル源流探索の旅に出る。しかしそれは多くの困難に出会う超・人力の旅であった。湖の発見(ヴィクトリア湖とタンガニーカ湖)で意見対立し、2人は決裂する。ナイル川(白ナイル)の源流は一応ヴィクトリア湖ということになっている(?)らしいが、実は完全には判明せず、今世紀に入ってからも「真の」源流探索は続いているという(映画の中では、スピークの死後、12年経ってからヴィクトリア湖がナイルの源流であると紹介されるが)。映画ではこの論争の過程・真偽を追うものではなく、対照的な、しかしそれゆえ惹かれる2人の探検家の、少しBLを思わせる道程を綴る。
前半では、男の子心を刺激するような質感あふれる探索行であり、時に大胆に時にディテール優先で描く。苛酷な炎天、穏やかな夕暮れと夜、美しき夜明け。青い空。先住民族。獣たち虫たち。杭を打ちテントを立て、水を渡り、焚き火をし、測量し、かつぎ、歩き、撃つ。道を拓き、木々を刈り、登り、眠り、進む。こんなディテールを楽しむ。
鉄、草、布、砂埃、岩、水、血、皮。こんなテクスチャーを感じる。そして熱さ、暑さ、冷たさ、寒さ、乾き、静けさ、喧噪。何より「痛さ」と疲労の描写が鮮烈だ。足の裏に食い込む石原、耳に入り込んだ昆虫、生々しい負傷、襲撃、熱病。こんな五感を楽しむ前半。
映画は非常に淡々と(悪くいえば地味に)クライマックスを安易に盛り込むことなく進む。まるで旅行記、走り書きを繰るような舌足らずで生々しい質感がある。ラフェルソンは米出身の監督であるけれども、「ファイブ・イージー・ピーセス」があるにもかかわらず、どこかアメリカらしくない空気が漂うと個人的には思っている人。説明を極力避け、フラットかつ、もったいぶったところがない。ためない。外連味がない。絵巻ではあるが収まりよくまとめない。寸止めというか余白というか、そういうものがある。近時の映画やテレビのような安くて表面的な感情表現や、着地点、カタルシスありきの悪しき文法と離れている。
サー・リチャード・フランシス・バートン(Sir Richard Francis Burton, 1821 - 1890)は人類学者、言語学者としても知られる実は知性派の、でもタフな探検家。信憑性はともかく興味深い記述がwikiにある。フランクで情熱的で教養高いが、放浪癖があり、率直すぎ、栄進や蓄財とは無縁であったという。映画でも自由で子供っぽいところが描かれている。映画の後半、舞台をロンドンに移してからよりも、未開の地で知らない人親しんでいる彼の方が魅力的に映る(体の傷痕比べをするシーンもある。「JAWS」にも同様のシーンがあった)。アラブを愛し墓碑もアラブ式であったらしい。彼の安らぎは英国よりもプリミティヴな異国の人々の中で見出されるものだったのかも知れない。
ジョン・ハニング・スピーク(John Hanning Speke, 1827 - 1864)は、従軍歴もある探検家で、銃の名手だが不器用で直情径行型、せっかちでやや高慢?なタイプとして描かれている。彼らを演じる2人の俳優が良い。本作に(実力はあるとしても)スター男優はそぐわない。フィオナ・ショウ、デルロイ・リンド等、脇やエキストラも含め(特にアフリカ系住民のリアリティがすごい)演者が皆いい。
何といっても陽光・炎を利用する、現代最高の撮影監督のひとり、ロジャー・ディーキンス(「1984」「クンドゥン」「スカイフォール」、コーエン兄弟作品)のカメラが最高だ。
行ったことがない所へ行きたい、見たことがない物を見たいという普遍的なな憧憬。”Uncharted and unknown” と書かれた空白の地図を埋めるという熱。しかしいつの世にも付き物の政治や権威の思惑がある。19世紀後半のロンドンはアフリカ東部シーンと著しい対照をなす。山高帽と馬車と権威・洗礼の都と、人力と野性・混乱の原野。後のロレンスを思わせる大英帝国による搾取、植民地政策が背景にある。ナイル源流と大国の関係についてはwikiに詳しく、本作と合わせる時、非常に興味深い(「ナイル川」)。ただこれはメインではなく、あくまで2人の関係に影を落としたものとして描かれている。ナイル探索、当時の列強の対アフリカ政策、実在の2人の詳細も知りたくなる。
130分で2人の内面を詳細に描くことは難しく、人物描写が粗い部分も確かにある。さらに、背景にある当時の英国事情(王立学会のプレッシャー等)まで絡めることなおさら。しかし監督は2人の幸福なアフリカの日々と不幸なロンドンの日々を対比し、シンプルな「個」の苦悩を大づかみしていると思う。やや個性や鮮烈さに欠ける本作だが私は好き。映画は筋、辻褄ではない。映画は質感と俳優がもたらすエモーション。
早い国内盤ディスク化を望む(廉価で)。日本ではVHS,LD化されたようだがDVD, BD化はいまだされず。当サイトでは本商品(購入時安かった)の他、リージョン1(1.33:1のものがあるので注意)、4やPALスペイン盤やVHS邦盤が購入できる。再生環境に注意。
Mountains of the Moon, 1990, US, オリジナルアスペクト比(もちろん劇場公開時比を指す)1.85:1 , 136min, Color( Rankcolor ), Dolby, ネガ、ポジとも35mm