ル・コンセール・デ・ナシオンの8名のメンバーによる『音楽の捧げもの』が録音されたのは10年以上も前のことになるが、ピリオド楽器を使用した演奏として音楽的な水準の高さにおいても、またその再現の美しさでも未だ第一級の価値を失っていない。ジョルディ・サヴァルの演奏にはスピリチュアルな高揚からの特有の気迫のようなものが常に感じられ、それが弛まずにこの演奏全体を牽引していることは確かだ。それだけに隙のない声部の織り成す対位法の綾が聴きどころだが、バッハが献呈文に綴ったラテン語のイニシャルがリチェルカーレを暗示しているように、ここでもサヴァル自ら弾くヴィオールが加わる古風な楽器編成が、その謎めいた美学を象徴しているように思われる。バッハは「ふたつのヴァイオリンのための同度のカノン」及び「トリオ・ソナタ」以外の楽器編成を指定していないので、アンサンブルの編成はサヴァル自身のアレンジと思われる。
大王のテーマはマルク・アンタイのトラヴェルソによって提示される。これはバッハがポツダムの宮廷を訪れた時に、フリードリヒ大王が自らトラヴェルソを吹いてこのテーマを与えたという言い伝えに基くものだ。その事実関係はともかくとして、アンタイはテーマの高貴さと神秘性をシンプルに奏して、曲の開始に相応しい期待感を高める効果を上げている。また後半の始めに置かれた「トリオ・ソナタ」では、彼の自由闊達な音楽性とオーソドックスなテクニックの手堅さが示されている。3声と6声のリチェルカーレはどちらもピエール・アンタイの柔軟で色彩感豊かなチェンバロ・ソロで演奏されているが、6声の方は最後に通奏低音付の弦楽合奏版でも収録されている。特に後者を聴くと『フーガの技法』と並んで対位法音楽の頂点とも言われているこの曲集が、決して紙に書かれただけの理論の集大成ではなく、実際に音楽として鳴り響いた時の美しさを表現し得ていることに改めて気付かせてくれる。
これもサヴァルのポリシーだろうが音質の良さでも高く評価できるCDで、それぞれの古楽器の繊細な音色を捉え、音響のバランスにも優れている。尚ピッチは現代より半音ほど低いa'=415Hzのスタンダード・バロック・ピッチを採用している。三面折のデジパック入りで、35ページほどの綴じ込みのライナー・ノーツには仏、英、西、カタルーニャ、独、伊語による簡易な解説が掲載されている。