イギリスの往年のピアニスト、クリフォード・カーゾン(Clifford Michael Curzon 1907-1982)の代表的録音として知られるモーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)のピアノ協奏曲5曲を収録したCD2枚組のアルバム。収録曲内容は以下の通り。
(1) ピアノ協奏曲 第20番
(2) ピアノ協奏曲 第27番
(3) ピアノ協奏曲 第26番「戴冠式」
(4) ピアノ協奏曲 第23番
(5) ピアノ協奏曲 第24番
(1)と(2)は、ブリテン(Edward Benjamin Britten 1913-1976)指揮、イギリス室内管弦楽団で1970年の録音。
他の3曲は、ケルテス(Istvan Kertesz 1929-1973)指揮、ロンドン交響楽団で1967年の録音。
歴史的名盤として知られる録音である。カーゾンというピアニストは、録音嫌いで有名だったそうだが、それでも比較的多くの録音が残っていて、中でもこの5曲のモーツァルトの協奏曲は、ジャンルとしてもまとまっていて貴重である。
なにぶん、今となっては録音が古くなった感があり、特にこの時代のピアノの録音については、どうしても音色がこもってしまうだけでなく、精度自体の限界をも強く感じさせてしまうところであるが、それでもニュアンスは良く伝わっていると思う。これらの録音はクラシック音楽フアンが共有する「古き佳き」ものの象徴の一つと言えるだろう。その印象の主たる要因は、オーケストラの立派な編成と、そのオーケストラが朗々としたメロディを存分に歌っていることにある。現代では、モーツァルトの協奏曲の演奏においては、室内楽に近い小編成のオーケストラによる指向があり、当盤のような録音は多くなくなってきた。それで、この録音を聴くと、いかにも当時ならでは、といった音に満ちている。ブリテン、ケルテスともにオーケストラから華やかで情感豊かなサウンドを引き出している。
さて、ピアノに目を向けて、「それではピアノもやはり大らかに歌っているのか」というと、これがそうとも言い切れないのである。ピアノには、確かに高雅で気品のある歌が流れているが、強い抑制の美学によって、音の等価性に細心の配慮を与えながら、実に構築性を感じさせるピアニズムになっているのである。そこでは、大らかな音楽の喜びというよりも、むしろ理知的な、スコアとの対峙を思わせる瞬間が多い。実は、これが当盤の雰囲気豊かな音楽としての全体的な印象へと繋がっているものなのである。
カーゾンのスタイルは古典的と称されるだろうか?しかしこの古典性というのが、しっかりとした普遍性と論理性に根付いているものであることが、この演奏を通じて示されていると思う。たしかに技術の点では、現代を代表するピアニストたちに比し、少しだけ甘いところがあるのだけれど、その内向的とも言える音楽を追求していく過程で生まれる歌には、特有の暗がりがあり、モーツァルトの音楽に潜む哀しみを、巧みに汲みつくして進んで行くように感じる。
個人的に特に美しいと感じられるのが第23番の中間楽章。
なお、当盤の「2枚に5曲」を収録という構成上、協奏曲第26番の第1楽章と第2楽章の間で、CDを交換しなくてはならないが、5曲収録してくれたという付加価値は、そのデメリットをはるかに大きく上回っている。
なお、投稿日現在、同内容の輸入盤がより廉価で入手可能となっています。