音楽のみを聴くCDと違い、映像がある方が曲に入り込めるし、自分的には舞台演出と歌い手が良ければ、指揮はそれほど気にならない。その意味では、映像で楽しめる本盤は有難い存在だ。
鑑賞する上で困るのは指揮よりも演出。近年は時代や舞台設定を変えてみたり、ラストを変更した新解釈などが多く、本来のトリスタンとイゾルデを楽しめないので困る。
本盤もせっかく良い歌い手を起用したのに、ラストのイゾルデの絶唱が、瀕死のトリスタンの妄想というのは、さすがにいただけない。生への執着も失い、現世では到達できない、死をもって一体となる至高の愛を描いた本作は、あくまで楽劇だから描ける世界であり、ワーグナーも現世では決して得られない愛の話を描いたはずだ。それが妄想落ちでは、いくらなんでも救われないし、第一幕から第二幕までも有り難みがなくなってしまい、甚だしく興醒めだ。
今の時代、中世を舞台としたワーグナーの脚本通りの舞台が見たいと思うのはもはや贅沢なのだろうか。
トリスタンとイゾルデはもう見飽きたから、別の解釈の演出が見たいという人ならお薦めできるが、至高の愛に没入し、陶酔したいという人にはお薦めしない。