Brilliant Classicsレーベルより、既存のウェーバー(Carl Maria von Weber 1786-1826)作品を収録した3つのアルバムをまとめて再発売されたもの。良心的で、内容も優れた廉価Box-setとなっており、オススメだ。収録内容は以下の通り。
【CD1】
1) 交響曲 第1番 ハ長調 op.19
2) 交響曲 第2番 ハ長調
ネヴィル・マリナー(Neville Marriner 1924-2016)指揮 アカデミー室内管弦楽団 1982年録音
【CD2】
1) コンツェルトシュテュック ヘ短調 op.79
2) ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 op.11
3) ピアノ協奏曲 第2番 変ホ長調 op.32
ピアノ: ペーター・レーゼル(Peter Rosel 1945-) ブロムシュテット(Herbert Blomstedt 1927-)指揮 シュターツカペレ・ドレスデン 1984年録音
【CD3】
1) 歌劇「オイリアンテ」 序曲
2) 歌劇「アブ・ハッサン」 序曲
3) 劇音楽「プレチオーザ」 序曲
4) 歌劇「幽霊の支配者」 序曲
5) 歌劇「オベロン」 序曲
6) 序曲「歓呼」
7) 歌劇「魔弾の射手」 序曲
グスタフ・クーン(Gustav Kuhn 1945-)指揮 シュターツカペレ・ドレスデン 1985年録音
モーツァルトのパリ交響曲(第31番)を下地としたと言われる交響曲第1番は、冒頭から活気にあふれた主題が提示され、ダイナミックに盛り上がる。確かにパリ交響曲、それにハフナー交響曲を彷彿とさせる闊達さで、金管、木管が鮮やかに絡んで、実に爽快な聴き味だ。ヴィヴィッドな主題も明快で魅力的といって良いだろう。随所で顔をのぞかせる木管楽器の重奏は、この作曲家の健康的な作風を明敏に示している。マリナーの演奏は、そんな楽曲の「生きの良さ」をシンプルに貴んだスタイルで、鮮やかだ。中間2楽章ではオーボエの扱いの上手さが特筆されるが、この楽器特有の情感を中心に、簡明に描かれた音楽が品の良い装飾で彩られていて、実に楽しい。終楽章はエネルギッシュな躍動感に満ちており、スピード感に溢れたマリナーの運びがことのほか頼もしい。各楽器の出番が設けてあるのも心憎い。モーツァルトのパリ交響曲を彷彿とする喜びを随所に見つけられる楽曲であり、演奏である。
交響曲第2番も第1番と性格的な親近性が高い作品で、逆に言うと没個性的かもしれないが、心地よく音楽に身をゆだねられる。ただ、この楽曲の構成を俯瞰してみると、第1楽章、第2楽章の演奏時間がそれぞれ10分弱、5分弱なのに対し、第3楽章、第4楽章の演奏時間がそれぞれ1分半、2分半と極端に短いのは、なんとも不思議である。第2楽章のほの暗い牧歌調の情緒に浸るまでは、いっぱしの交響曲といった風情なのに、その後続となる2つの楽章が、つながりに不自然さはないとは言え、ずいぶんと短小で、あれ?という感じで切り上げられてしまう。あるいは、なにか作曲上の都合のようなものがあったのか、謎を感じさせるが、いずれにしてもマリナーの指揮は健康的でヴィヴィッドな魅力に満ち溢れている。
コンツェルトシュテュックは、私がウェーバーの作品の中でもっとも好きな曲。切れ目なく演奏される4つの部分からなっていて、それぞれ、第1部は騎士を戦場に送り出した姫君の嘆き、第2部は姫君がさいなまされる恐ろしい妄想、第3部は騎士達の帰還、第4部は姫君の喜びを表現したとされる。ロマン派らしい情景的で情緒に溢れた佳作で、旋律の美しさ、森を感じさせる雰囲気に、存分に浸ったもの。レーゼルの演奏は、名盤として知られるブレンデルに比べると、とても真面目で内省的な面をじっくり丁寧に弾きあげた感じであり、聴き手によって、それぞれ一長一短もしくは好みが分かれるかもしれない。私は、全般に豊かなロマンの薫りがあふれるブレンデル盤を愛聴しているのだが、当盤のレーゼルのいかにも落ち着いた土の薫りのするような響きも捨てがたい魅力を持つものだと感じる。特に穏やかなシーンでの色調のシックな深みは、オーケストラの滋味に満ちた響きとともに、存分にデリカシーを感じさせるもので、この曲の魅力を良く伝えているものに違いない。有名なオクターヴのグリッサンド奏法も、十分な発色があって、好ましい。
初期の作品といって良い2つのピアノ協奏曲の演奏は、これらの作品に捨てがたい風雅なものがあふれていることを示す。いずれも堅実で手堅い表現でまとめられているが、それがこの音楽の持つ古典的な調和性を鮮やかに描き出している。雄弁さより管弦楽との緊密さに配意したソロは、大人しい印象もあるが、常に響きは美しく、バランスが取れている。例えば第2協奏曲の緩徐楽章のような、弦楽器陣の暖かな音色に、レーゼルのピアノは馴染むように溶け込んでおり、ウェーバーの楽曲の規模にふさわしい表現に感じられる。
オペラ指揮者として堅実な仕事をこなしているグスタフ・クーンによる序曲集は、収録曲集が7曲と多くはないが、均整の取れた表現をベースとしながら、序曲らしい活力を感じさせる好演ぞろいといったところ。クーンは、これらもの楽曲を一つ一つ特徴づけるような方法は用いず、むしろ普遍的なアプローチで純器楽曲としての正しい在り方を示すような方法を心掛ける。シュターツカペレ・ドレスデンが、よい音でこれに応える。ウェーバーの音楽には「森の響き」がある、と良く形容されるが、当盤は、いかにもドイツ的な中声部の充実した安定感のある響きで、それは土地にしっかり根付いたような力強さと結びつく印象を与える。全体にトーンは柔らかめかもしれないが、不用意に音が混ざることはなく、その配合はよく計算された中庸の美を示すものとなっている。
「オベロン」序曲では、童話的な不思議さをたたえた不安と活力の交錯が鮮やかに描かれている。「幽霊の支配者」序曲では、このオーケストラらしい高度な調和を保った緊迫感があり、聴き手の気持ちを満たしてくれる。もっとも有名な「魔弾の射手」は、厳かな雰囲気を壊すことなく劇的な高揚を得ている。
以上のように、3種の録音ともに作曲家ウェーバーの魅力を存分に味わわせてくれる薫り高いもので、廉価なセットとしては、十分過ぎるくらいに充実した内容といって良い。