71年作のハンブルグ歌劇場、ホルスト・シュタイン指揮の映画版「魔笛」。歌手は豪華陣。「フィガロ」や「魔笛」ならDVDがいくらあってもよい、全部好きというファンは多いだろう。私もそうなのだが、しかし劇場ライブ版とは違う映画版には問題点もある。ポネル演出、べーム指揮の映画版「フィガロ」もそうだが、オペラをアップで見ると、本来の舞台がもつ空間性がないので、複数の人間の同時的な動きによって表現される人間関係や、感情のやりとりが掴みにくい。その結果、歌手の豊かな表情がつねに見えるにもかかわらず、全体が単調に感じられる。
若いエディット・マティスのパミーナは本当に美しい。最高のキャラクターであるパパゲーノもナイスガイだ。フルトヴェングラーの「ドン・ジョバンニ」!のように、もっと広い舞台が視野に収まる撮影をしたら、映画版でもずっとよくなったのにと思う。「魔笛」は一定の広い空間の中でこそ、キャラクターが生き生きと躍動する。三少年の飛行船も高所にいてこそ美的で崇高だが、この演出では、低空飛行でまとわり付く。とはいえ「魔笛」の真の主人公は、タミーノの笛ではなく、パパゲーノのグロッケンシュピールである。グロッケンシュピールが鳴るとき、奇蹟が起きてこうしたすべての「欠点」は消えてしまう。