ブルックナー:交響曲第7番
仕様 | 価格 | 新品 | 中古品 |
CD, 1997/9/5
"もう一度試してください。" | 1枚組 |
—
| — | ¥11 |
CD, 2003/10/22
"もう一度試してください。" | 1枚組 |
—
| — | ¥680 |
CD, 2011/5/11
"もう一度試してください。" | 1枚組 |
—
| — | ¥900 |
CD, 1992/11/26
"もう一度試してください。" | 1枚組 |
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| — | ¥1,080 |
CD, 限定版, 1996/1/25
"もう一度試してください。" | 限定版 |
—
| — | ¥6,042 |
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曲目リスト
1 | 交響曲 第7番 ホ長調 第1楽章 : Allegro moderato |
2 | 交響曲 第7番 ホ長調 第2楽章 : Adagio. Sehr feierlich und sehr langsam |
3 | 交響曲 第7番 ホ長調 第3楽章 : Scherzo. Sehr schnell |
4 | 交響曲 第7番 ホ長調 第4楽章 : Finale. Bewegt,doch nicht schnell |
商品の説明
メディア掲載レビューほか
「ドイツ・グラモフォン/スーパー・ベスト101」から「ニュー・スーパー・ベスト101」へ移行されなかった名盤からセレクトした`ドイツ・グラモフォン・マスター`シリーズ(全30タイトル)。ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団演奏による1989年録音盤を再発売。 (C)RS
登録情報
- メーカーにより製造中止になりました : いいえ
- 梱包サイズ : 14.09 x 12.63 x 1.37 cm; 80.32 g
- メーカー : ユニバーサル ミュージック クラシック
- EAN : 4988005344595
- 時間 : 1 時間 6 分
- レーベル : ユニバーサル ミュージック クラシック
- ASIN : B0000CD7WY
- ディスク枚数 : 1
- Amazon 売れ筋ランキング: - 515,096位ミュージック (ミュージックの売れ筋ランキングを見る)
- - 29,425位交響曲・管弦楽曲・協奏曲
- カスタマーレビュー:
カスタマーレビュー
星5つ中4.2つ
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2017年3月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
実は、ブルックナーの音楽に接したのはこの演奏がはじめでなのだが、最初の一音を聴いた途端に、ブルックナーの世界に引き込まれた。神秘的で何とも言えない音楽が続く、素晴らしい演奏だ。
2019年12月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
今回のKARAJAN GOLDで初盤から数えて4枚目です。
最新のUHQCD盤はかなり詳細な音も聴けるので、静かな曲想のところではホールの残響が良く聴き取れて
あたかも黄金の間にいるような気分に浸れます。その反面2楽章のクライマックスなどff部分は硬めで
うるさく感じます。
GOLD盤は静かな部分での分離の良さやホールの残響再現はUHQCD盤に及びませんが、全奏でffのところは
低音を主体に様々なパートが吐出することなくうまくハーモナイズされててうるさく感じません。
私はKARAJAN GOLDの方がブルックナーらしく聴こえるので好きです。
最新のUHQCD盤はかなり詳細な音も聴けるので、静かな曲想のところではホールの残響が良く聴き取れて
あたかも黄金の間にいるような気分に浸れます。その反面2楽章のクライマックスなどff部分は硬めで
うるさく感じます。
GOLD盤は静かな部分での分離の良さやホールの残響再現はUHQCD盤に及びませんが、全奏でffのところは
低音を主体に様々なパートが吐出することなくうまくハーモナイズされててうるさく感じません。
私はKARAJAN GOLDの方がブルックナーらしく聴こえるので好きです。
2015年1月5日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
カラヤンといえばベートーヴェンやブラームスが十八番だと思っていた。それはそれで間違いないのだがどうもブルックナーとカラヤンはなかなか結びつかなかった。
しかしこの盤を聴くとなかなかカラヤンとブルックナーは相性が合うということに気がついた。とくにこの盤は名演である。交響的大蛇と揶揄されたブルックナーを親しみやすく感じさせるのである。これを買って以降カラヤンのブルックナーは9曲全部揃えた。
しかしこの盤を聴くとなかなかカラヤンとブルックナーは相性が合うということに気がついた。とくにこの盤は名演である。交響的大蛇と揶揄されたブルックナーを親しみやすく感じさせるのである。これを買って以降カラヤンのブルックナーは9曲全部揃えた。
2013年11月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
カラヤン最後の録音。
ブルックナーの7番はあまり激しさを伴わない曲である故に、老年更に言えば、最晩年になったカラヤンにはピッタリであるといえよう。
ウィーンフィルの流れるような美しいアンサンブルを見事に歌わせているカラヤンには、死期を直前に迎え、悟りを開いたような感じすら覚える。
ブルックナーの7番はあまり激しさを伴わない曲である故に、老年更に言えば、最晩年になったカラヤンにはピッタリであるといえよう。
ウィーンフィルの流れるような美しいアンサンブルを見事に歌わせているカラヤンには、死期を直前に迎え、悟りを開いたような感じすら覚える。
2015年8月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
演奏は立派で、常に聴くものの心を捉えて放さない舞台芸術になっています。
音質も良く、ウィーンフィルの心地よい響きが、見事なアンサンブルとして眼前
に展開され、難解で馴染めない音楽なのに、飽きずに聴かされてしまいます。
課題として聴かざるを得ない方や、”ブルックナーってどんなんだろう”って向き
に(自分はそうです)お勧めします。
マエストロ カラヤン の絶筆なんですから、ちょっと嬉しいですしねっ。
音質も良く、ウィーンフィルの心地よい響きが、見事なアンサンブルとして眼前
に展開され、難解で馴染めない音楽なのに、飽きずに聴かされてしまいます。
課題として聴かざるを得ない方や、”ブルックナーってどんなんだろう”って向き
に(自分はそうです)お勧めします。
マエストロ カラヤン の絶筆なんですから、ちょっと嬉しいですしねっ。
2013年6月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
本作はカラヤンさんが亡くなった年にライブ録音された、掛け値無しの名演です。CDには録音されてませんが、この演奏が終了時点では、聴衆が総立ちとなり物凄い声援が鳴り止まなかった。ぜひ入れて欲しかった!録音がたいへん素晴らしく、一瞬、ベルリンフィルかと思うような、怒濤のサウンドです。晩年のカラヤンさんは、歩くことさえままならぬ状態であったから、この7番についてもウィーンフィルとろくに練習出来なかったと思います。しかしウィーンフィルもカラヤンさんとのコンサートでは相当気を張って臨んだと思います。その結果がこの素晴らしい名演になった!!'全ての楽音が澄み切っている。正に白鳥の歌だったかもしれません。聴き終えると、心に重く残る物を感じます。カラヤンさんの惜別の念なのか?演奏中、カラヤンさんとウイーンフイルのメンバーが低い声で語っている様にも感じました。この7番は他の曲とは、ややメロディラインやハーモニーの使い方が違う為、初めて聴いた時は余り好きになれなかった。今や虜になってますが(^^;;しかし、ライブでこんな完璧な演奏出来るのは、やはり見事の一言です。カラヤンさんには、もう少し生きていて欲しかった。ウィーンフィルと、素晴らしい名演の山を残して欲しかった。
2013年6月1日に日本でレビュー済み
最早説明不要の、あらゆる指揮者の中でも一番録音を残したであろうカラヤンの、正真正銘最後の録音。
私はカラヤン最後の録音がライブ録音で良かったと思っている。
自分は特にカラヤン信者では無いのだが、この指揮者が多くの人々に誤解されていることが大変惜しく感じる。
70年代は彼の黄金期と呼ばれ、実に多くの録音を世に出したし、実際にカラヤンがここまで人々に知れわたる大きな存在になったのもその時の活動によるものが大きいだろう。
しかし、私は音楽的な意味では、この時期を最盛期と呼ぶのは違うように思う。
録音のほとんどが、編集された音楽の数々であるからだ。
何故反カラヤン派の人々は、これらの編集された録音の数々を真実だとして、「これがカラヤンの音楽だ」と信じ込むのか。カラヤンが望んで編集しているのだし、これも彼の一面であるといえばそうなのだが。
晩年はほとんど人の手を借りず、自己を律する力だけで指揮活動をしてたカラヤン。
しかしこのブルックナーや有名なマーラー9、その他の晩年のライブ録音からは、彼の音楽がひしひしと伝わる。良い意味で、自己を律しきれてないのだ。
編集も無しに彼のタクトから自然に滲み出るそれは、本当に美しい。
柔らかな響き、まるで音符を一つ一つ慈しむかのように音楽が進んでいく、天国的な名演なのだ。
私は、ここにこそ、カラヤンの本質が見えると信じてやまないのだ。
それは、最盛期の録音の、丸い薄っぺらい響きや過剰な演出等とは全く違う、しっかりと、立体的でいて一歩一歩確かに音楽がひとりでに歩んでいく。
両方共通してるのは、響きの美しさが徹底してることであろうか。
是非、聴いてみてほしい。スポーティーといわれた彼の音楽が、いかに美しく歌うか、音楽の愛しさを囁くことか。
私はカラヤン最後の録音がライブ録音で良かったと思っている。
自分は特にカラヤン信者では無いのだが、この指揮者が多くの人々に誤解されていることが大変惜しく感じる。
70年代は彼の黄金期と呼ばれ、実に多くの録音を世に出したし、実際にカラヤンがここまで人々に知れわたる大きな存在になったのもその時の活動によるものが大きいだろう。
しかし、私は音楽的な意味では、この時期を最盛期と呼ぶのは違うように思う。
録音のほとんどが、編集された音楽の数々であるからだ。
何故反カラヤン派の人々は、これらの編集された録音の数々を真実だとして、「これがカラヤンの音楽だ」と信じ込むのか。カラヤンが望んで編集しているのだし、これも彼の一面であるといえばそうなのだが。
晩年はほとんど人の手を借りず、自己を律する力だけで指揮活動をしてたカラヤン。
しかしこのブルックナーや有名なマーラー9、その他の晩年のライブ録音からは、彼の音楽がひしひしと伝わる。良い意味で、自己を律しきれてないのだ。
編集も無しに彼のタクトから自然に滲み出るそれは、本当に美しい。
柔らかな響き、まるで音符を一つ一つ慈しむかのように音楽が進んでいく、天国的な名演なのだ。
私は、ここにこそ、カラヤンの本質が見えると信じてやまないのだ。
それは、最盛期の録音の、丸い薄っぺらい響きや過剰な演出等とは全く違う、しっかりと、立体的でいて一歩一歩確かに音楽がひとりでに歩んでいく。
両方共通してるのは、響きの美しさが徹底してることであろうか。
是非、聴いてみてほしい。スポーティーといわれた彼の音楽が、いかに美しく歌うか、音楽の愛しさを囁くことか。
2022年3月24日に日本でレビュー済み
巨匠カラヤンのラスト・レコーディングということで注目。カラヤンが振ると、どこのオーケストラも実に良く隅々まで鳴り切る。このCDでは特に亮々と鳴りわたる。ウィーン・フィルとのそんな演奏を聴いていると、さすがはカラヤン! と唸らされる。
だが、これがベルリン・フィルだったならという思いは拭えない。カラヤンが最晩年にウィーン・フィルと録音した曲は多いが、結局客演のオケで、ベルリン・フィルほどの自在感やドライヴの鮮やかさにおいて劣る。例えばベルリン・フィルとの一連のブラームス演奏と比べれば、カラヤンのタクトは圧倒的なスケールでありつつも表現のしなやかさ、冴えや変幻自在ぶりにおいて明らかに違うのである。
ただ、カラヤンはこの録音を遺して、芸術家として死を目前にしても決して枯れることなく、衰えもなかったということを証した。だが、この演奏は音量において強弱の幅があり過ぎ、ブラスがあまりに凄い鳴りっぷりでバランスにいささか異論がある。
やはり、カラヤンは手兵ベルリン・フィルを捨てるべきではなかった。たらればとは思うが、カラヤンの本領はあのオーケストラにおいてこそ十全に発揮されたと思う。
だが、これがベルリン・フィルだったならという思いは拭えない。カラヤンが最晩年にウィーン・フィルと録音した曲は多いが、結局客演のオケで、ベルリン・フィルほどの自在感やドライヴの鮮やかさにおいて劣る。例えばベルリン・フィルとの一連のブラームス演奏と比べれば、カラヤンのタクトは圧倒的なスケールでありつつも表現のしなやかさ、冴えや変幻自在ぶりにおいて明らかに違うのである。
ただ、カラヤンはこの録音を遺して、芸術家として死を目前にしても決して枯れることなく、衰えもなかったということを証した。だが、この演奏は音量において強弱の幅があり過ぎ、ブラスがあまりに凄い鳴りっぷりでバランスにいささか異論がある。
やはり、カラヤンは手兵ベルリン・フィルを捨てるべきではなかった。たらればとは思うが、カラヤンの本領はあのオーケストラにおいてこそ十全に発揮されたと思う。
他の国からのトップレビュー
Ein Rezensent
5つ星のうち5.0
Streitbare Meisterinterpretation
2016年7月4日にドイツでレビュー済みAmazonで購入
Ich habe mich mit der hier zu besprechenden Interpretation Karajans von der siebten Symphonie Bruckners, realisiert durch die Wiener Philharmoniker, lange Zeit sehr schwer getan. Ich kannte sie bereits, bevor ich mir Karajans erste Einspielung von Bruckners Siebter, von EMI mit den Berliner Philharmonikern in der Berliner Jesus-Christus-Kirche produziert, zulegte. Diese ward schnell meine Lieblingsaufnahme, doch seit rund zwei Jahren lerne ich zudem Karajans letzte seiner drei Aufnahmen von der Siebten schätzen, die vorliegende mit den Wienern im Großen Saal des Wiener Musikvereins. Ja, sie fasziniert mich zunehmend.
Wer Karajans EMI-Einspielung von 1971 mag, wird nicht automatisch seine mit den Wiener Philharmonikern von 1989 mögen und umgekehrt. Die Unterschiede zwischen beiden sind dafür zu eklatant. Mich hat an der späteren zunächst vor allem zweierlei gestört:
Zum einen hatte ich meine Probleme mit der ruhelosen, vorwärtsdrängende Anspannung in den ersten beiden Sätzen (bei der Uhr nach nicht sonderlich schnellem Tempo!), während die Berliner auf der EMI-Aufnahme gelöst und genießerisch musizieren;
Zum anderen vermisste ich Durchsichtigkeit. Etliche Details und Vielschichtigkeiten der Partitur werden kaum oder gar nicht hörbar-- im Gegensatz zur EMI-Einspielung.
(In diesem Zusammenhang sei erwähnt, dass mir heute die Aufnahme von 1989 in einer per „Original-Image-Bit-Processing“ remasterten Version auf einer Shm-CD vorliegt und früher in der ursprünglichen,d.h. noch nicht remasterten, wobei die Transparanz auf beiden mäßig ausfällt. Die EMI-Aufnahme besitze ich von Anfang an remastert in der CD-Ausgabe der Reihe „The Karajan Collection“.)
Beide genannten Kritikpunkte sind jedoch mit dem verknüpft, was mich inzwischen an Karajans letzter Interpretation fasziniert:
Er zwingt dem Werk eine ganz bestimmte eindimensionale Struktur ab, indem er eine der vielen Orchesterstimmen deutlich hervor- und abhebt. Die übrigen erfüllen nur noch die Funktion einer im Hintergrund wallenden Begleitung. Ihr Klang ist dabei äußerst sublim.
Zudem ist der zeitlich lineare Fortgang völlig auf die Erschaffung sehr weitreichender Spannungsbögen ausgerichtet (daher das drängende Moment). Abwechslungen und Brüche in der Spielweise sind nicht zugelassen. Sogar die Unterschiede in der Dynamik werden gering gehalten.
Der musikalische Ausdruck gewinnt mit diesen Mitteln eine enorm forcierte Intensität, die in meinen Ohren vor allem traurig und schön zugleich anmutet.
Wer sich zum ersten Mal eine Einspielung von Bruckners Siebter zulegen möchte und mit dem Werk noch wenig vertraut ist, greife wohl lieber z.B. zu Karajans rund und schön ertönender EMI-Aufnahme ( Sinfonie 7 ) oder, falls er mehr nüchterne Solidität bevorzugt, zu der von Janowski mit dem Orchestre de la Siusse Romande, bei der alle Stimmen sehr kontrolliert ausbalanciert zu Gehör gebracht werden ( Sinfonie 7 ). Sie eröffnen einen vielseitigeren und durchsichtigeren Blick auf die Komposition, die man so besser kennenzulernen vermag. Dies ändert aber nichts daran, dass Karajans „Vermächtnis“ (die Aufnahme mit den Wienern ist seine letzte überhaupt und nur drei Monaten vor seinem Tod entstanden) mit der willensstarken steten Fokussierung auf einen musikalischen Gedanken eine der eindrucksvollsten und bedeutendsten Interpretationen von Bruckners siebter Symphonie darstellt -- daher bei aller Streitbarkeit, die ihr eigen, fünf Sterne.
**********************
Falls Sie meine Rezension lesenswert fanden und sich gerne weitere von mir anschauen würden, so können Sie dies tun, indem Sie auf das oberhalb des Artikels stehende Pseudonym „Ein Rezensent“ klicken. Dann werden Ihnen alle übrigen meiner bei amazon.de eingestellten Musik-Besprechungen angezeigt.
Kommentare sind willkommen (auch falls Sie die Rezension nicht hilfreich fanden, damit ich um die Gründe dafür weiß und daraus lernen kann).
Wer Karajans EMI-Einspielung von 1971 mag, wird nicht automatisch seine mit den Wiener Philharmonikern von 1989 mögen und umgekehrt. Die Unterschiede zwischen beiden sind dafür zu eklatant. Mich hat an der späteren zunächst vor allem zweierlei gestört:
Zum einen hatte ich meine Probleme mit der ruhelosen, vorwärtsdrängende Anspannung in den ersten beiden Sätzen (bei der Uhr nach nicht sonderlich schnellem Tempo!), während die Berliner auf der EMI-Aufnahme gelöst und genießerisch musizieren;
Zum anderen vermisste ich Durchsichtigkeit. Etliche Details und Vielschichtigkeiten der Partitur werden kaum oder gar nicht hörbar-- im Gegensatz zur EMI-Einspielung.
(In diesem Zusammenhang sei erwähnt, dass mir heute die Aufnahme von 1989 in einer per „Original-Image-Bit-Processing“ remasterten Version auf einer Shm-CD vorliegt und früher in der ursprünglichen,d.h. noch nicht remasterten, wobei die Transparanz auf beiden mäßig ausfällt. Die EMI-Aufnahme besitze ich von Anfang an remastert in der CD-Ausgabe der Reihe „The Karajan Collection“.)
Beide genannten Kritikpunkte sind jedoch mit dem verknüpft, was mich inzwischen an Karajans letzter Interpretation fasziniert:
Er zwingt dem Werk eine ganz bestimmte eindimensionale Struktur ab, indem er eine der vielen Orchesterstimmen deutlich hervor- und abhebt. Die übrigen erfüllen nur noch die Funktion einer im Hintergrund wallenden Begleitung. Ihr Klang ist dabei äußerst sublim.
Zudem ist der zeitlich lineare Fortgang völlig auf die Erschaffung sehr weitreichender Spannungsbögen ausgerichtet (daher das drängende Moment). Abwechslungen und Brüche in der Spielweise sind nicht zugelassen. Sogar die Unterschiede in der Dynamik werden gering gehalten.
Der musikalische Ausdruck gewinnt mit diesen Mitteln eine enorm forcierte Intensität, die in meinen Ohren vor allem traurig und schön zugleich anmutet.
Wer sich zum ersten Mal eine Einspielung von Bruckners Siebter zulegen möchte und mit dem Werk noch wenig vertraut ist, greife wohl lieber z.B. zu Karajans rund und schön ertönender EMI-Aufnahme ( Sinfonie 7 ) oder, falls er mehr nüchterne Solidität bevorzugt, zu der von Janowski mit dem Orchestre de la Siusse Romande, bei der alle Stimmen sehr kontrolliert ausbalanciert zu Gehör gebracht werden ( Sinfonie 7 ). Sie eröffnen einen vielseitigeren und durchsichtigeren Blick auf die Komposition, die man so besser kennenzulernen vermag. Dies ändert aber nichts daran, dass Karajans „Vermächtnis“ (die Aufnahme mit den Wienern ist seine letzte überhaupt und nur drei Monaten vor seinem Tod entstanden) mit der willensstarken steten Fokussierung auf einen musikalischen Gedanken eine der eindrucksvollsten und bedeutendsten Interpretationen von Bruckners siebter Symphonie darstellt -- daher bei aller Streitbarkeit, die ihr eigen, fünf Sterne.
**********************
Falls Sie meine Rezension lesenswert fanden und sich gerne weitere von mir anschauen würden, so können Sie dies tun, indem Sie auf das oberhalb des Artikels stehende Pseudonym „Ein Rezensent“ klicken. Dann werden Ihnen alle übrigen meiner bei amazon.de eingestellten Musik-Besprechungen angezeigt.
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