名作マイケル・ナイマンの『ピアノレッスン』のサントラ、『The PIANO』。
素晴らしい名盤だと思ったが、唯一の不満は録音の悪さ。
いい曲が数多く収録されているのに、濁った音と、狭いダイナミックレンジは、いったい何なのだろうと残念に思っていた。
だからデジタル・リマスター盤が出た時、非常に嬉しかった。
あまり期待しすぎないように心の準備をして、ヘッドホンで聴いた。
不安と期待が、1曲ごとに満足感に変わっていく。
1曲目「TO THE EDGE OF THE EARTH」。最初に、低音部の音がコンマ数秒、先行して聞こえる。
左右にヴァイオリンが分離して置かれ、厚くなっていく音量。重なる弦の音、チェロの渋い音の響き。
管楽器の旋律。ひとつひとつの楽器の動きが明瞭に聴き取れる。
スピーカーから音を鳴らしてみると、まるで森の奥から鳴り響いてくるよう。
2曲目、ピアノ・ソロ曲「BIG MY SECRET」。グランドピアノの脇で目を閉じて聴いているような感覚。
3曲目冒頭、従来盤ではきんきんと騒がしく感じられた弦の密集音が、今回は違う。
タイトルに表されているように、荒々しい海の荒涼感として伝わってくる。
4曲目「THE HEART ASKS PLEASURE FIRST」。波立つ感情をそのまま音符にした、たたみかけるピアノ・ソロ。
デジタル・リマスターの良さが、そのまま生きていて、みずみずしく情熱的。
5曲目「HERE TO THERE」。元の盤でも突き抜けていくような感じの金管楽器のみのミニマル現代音楽調の曲
だったが、これも文句ない仕上がり。今回のスリーブでも特別にクレジットされている金管楽器奏者たち3人が、
センターと左右のチャンネルに分離配置され、サクソフォンを吹き鳴らす。
ヘッドホンで聴くと、ものすごい臨場感で、頭の中に聖堂が建ち上がったような印象。
マイケル・ナイマン・ミュージックの独自さ、特徴を体現した曲。
激しく吹き鳴らされたサクソホンの音が消えていくと、6曲目「THE PROMISE」が始まる。
弦の音とピアノ音の協奏。これを聴いた時、自分は”初めて「ピアノレッスン」を体験した”と思った。
このアルバムには、マイケル・ナイマン自らが書いたライナーノートが付いている。そこで彼は述べている。
「私の作曲家としての役割は、話すことも歌うこともできないエイダ(Ada)のサウンドトラックを作ることだった。
私が書いた音楽は、映画とではなく、”彼女”とともにあった」。
彼が書いた曲を、映画の中でホリー・ハンター自身が弾いたことについては、こう評している。
「彼女は、曲の中に、情熱や詩心、優しさ、官能、親しみ、不安、焦燥感などを発見し、
プロのピアニストができる以上に自らのものとして表現した。
私のこのアルバムでの演奏は、彼女の演奏に影響を受けている」。
M・ナイマンは、自分が弾いたピアノ・ソロ曲で、単純にきれいな演奏を目指さなかった。
そのことも、今回のデジタル・リマスター盤で納得できた。
最後20曲目にある「THE HEART ASKS PLEASURE FIRST / THE PROMISE」は、
この盤のために新たに作られたもの。4曲目と6曲目が美しくつながれている。
単純な作業で生み出された曲だが、もっとも「ピアノレッスン」らしい、
リスナーが聴きたい曲になっている。
最初にリリースされた盤でも、このサウンドトラックの素晴らしさは伝わってきたが、
なぜあれほど自分の心に響いたか、このデジタル・リマスターでよく分かった。