チャイコフスキーにオペラの印象を抱く人は少ないかもしれない。でも実際は彼には全10作のオペラがあり、その中で一番上演される機会が多いのが『エフゲニー・オネーギン』(以下オネーギン)だ。原作はロシアの国民的詩人といわれるプーシキンの韻文小説。チャイコフスキーはこのオペラの作曲を、交響曲4番と並行しながら進めたという。単独で演奏されることも多い劇中で最も有名な曲「ポロネーズ」が、4番の出だしとそっくりなのは、こうした事情のせいかもしれない。
さて、オネーギンをCDで聴こうと思っても、なかなかこれという決定版が見当たらないようである。すごく古い録音だったり、あるいは最新のものでも高値のDVDだったりで、手ごろなCDがない。その中では比較的手に入れやすいのが、この小澤征爾指揮による1988年ウィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団のライヴ録音2枚組だろう。ドイツのレーベル「オルフェオ」が出しているウィーン国立歌劇場ライヴ・シリーズのひとつらしく、2004年にリリースされている。
小澤の同劇場デビューとなったこの記念すべき公演には、フレーニ、ブレンデル、ドヴォルスキ、ギャウロフといった豪華なキャストがそろった。ウィーンではオネーギンは従来ドイツ語で上演されていたらしく、このときがロシア語による初めての公演となったようだ。ちなみに僕が聴いたことがあるのは、戦前のボリショイ劇場のモノラル録音のやつだけなので、まるで初めてこのオペラに接するような新鮮な気持ちでCDに耳を傾けることができた。一流の歌手たちの朗々たる歌声、そしてウィーンのオーケストラが紡ぎ出す流麗なチャイコフスキーの世界に酔いしれることができた。
公演は大成功で、地元紙も小澤征爾を絶賛したという。こうしたことからオネーギンは小澤にとって特別な演目であることが分かる。若いときにカラヤンの指導を受けながらモーツァルトのオペラなどを振った経験はあったが、本格的なオペラデビューは74年ロンドンのロイヤルオペラでのオネーギン上演だった。それがやがてウィーン国立歌劇場のデビューにもつながり、もっといえばのちの音楽監督就任への一里塚にもなっているのだろうと考えれば、思い入れのない演目であるはずがない。実際その後もあちこちでオネーギンを振り、多くのオペラファンを魅了していることからもそれは窺い知れる。